第73話 いざフロアへ
それから猿渡はこれまでのバトルについても教えてくれた。どんな曲が掛かり、春親と清史がどんなダンスを披露したのか。審査員の評価はどうだったのか……
『まぁ本人達には死んでも言いたくねぇけどよ、正直言ってあいつらは頭抜けてるぜ。他のチームもスキルは十分なんだけど、曲のバリエについてけるかってのが難点なんだ。そこんトコ、あいつらの引き出しは異常だよ。何が掛かってもきっちり対応してくんだから』
猿渡は憎々し気な口振りだったが、どこかライバルを誇っているようでもあった。拓実も大いに誇らしい気持ちになるが、同時に悔しさも込み上げる。聞けば聞く程、自分も彼らの大舞台を見たかったと思うのだ。
きっとこの分では、決勝のバトルも見る事は叶わない。それを思うと、狩谷との決別をなかなか決断できなかった自分自身へ、恨めしい気持ちが募るが――……
「うわっ⁉」
その瞬間、意識が散漫になったせいか、バイクから振り落とされそうになり、拓実は慌てて猿渡の腰にしがみついた。
『オイ、何してんだ! 危ねぇからしっかり掴まっとけ!』
「う、うん、ごめん!」
それから拓実は集中して腕に力を込めた。猿渡の運転はかなり荒い。華金の渋滞を觔斗雲が如く我が物顔で走り抜ける。
『お、今、一ラウンド目が終わったな! 清史の奴、最後にコークスクリュー決めたっぽい、バチクソに会場沸いてる! こりゃかなりの完成度だったみてぇだわ!』
「えぇ⁉ それはすごい!」
この実況に、体温が一気に上がる。アドレナリンが噴出する。何せコークスクリューはアクロバット技の中でも大技中の大技なのだ。清史の身体能力の高さは知っていたが、まさかそこまでできるとは。
『で、今二ラウンド目の相手が出た! っし、これならなんとか間に合うぞ!』
その言葉から一分足らず、二人は無事に会場前へ到着した。
礼を言ってバイクを飛び降り、猿渡の激励に背中を押されて拓実は会場へと走り込む。
一瞬受付で止められたが、しかし此処にもちゃんと話が通っていた。名前を告げるや受付スタッフは弾かれたように立ち上がり、バックヤードへ案内しようとして――が。その顔が瞬時に陰る。
「ああでも、今からじゃもう厳しいかも……ステージに上がるには、一度裏に回らないといけないんです。でもそれが結構遠くて、今から行っても……」
「っ、じゃぁとりあえずフロアに行きます!」
拓実は即座に宣言した。ぐずぐずしている時間はない。とにかく到着したのだと、ステージ上のMCや審査員に伝えなくては。そうしてスタッフ先導の元、防音扉を開けフロアへと踏み入ったのだが――その瞬間、広がる世界に息を呑んだ。
鼓膜を殴り付けるような大音量の音楽。詰め掛けた人々の熱気。乱反射するミラーボール。この光景に、心臓がどくりと大きく打つ。
――嗚呼、ここが今日の会場なのか。
――俺はこれから、ここで踊ろうとしているのか……!
そう理解した瞬間、このどうしようもないギリギリの状況にも拘わらず、焦りとは違う感覚が沸き上がった。体中の血液がグンと速度を増して駆け巡る。胸の鼓動が力強くノックする。
「タックさん、とりあえず今、無線でスタッフ全体に到着を知らせはしたんですが……ステージに上がるには、やっぱり裏から回らないと駄目みたいです! タックさんは自分のターン開始時に踊り出せてないと失格になっちゃいますが、でももう三ラウンド目の先攻が出てますし……どうしましょう⁉」
こんな事態は初めてなのだろう、スタッフは大いに困惑しながら尋ねてきた。とにもかくにも時間がない。到着はしたものの、このままでは失格だ。ではどうするか……その答えはすぐに出た。
「じゃぁ、ここでやります」
そう告げると、「え?」と言うスタッフを置き去りに、拓実はステージへ向かって人垣を掻き分けた。
――頼む、見付けてくれ、気付いてくれ……!
祈りながら、ステージ上の春親と清史へ必死に手を挙げアピールする。が、同じように手を上げて盛り上がっている観客も多く、更に二人は相手チームのダンスを真剣に見詰めている。この中で気付いてもらうのは無謀かと思ったが――しかし次の瞬間、春親がハッとしたように視線を寄越した。こういう時の偶然を、きっと奇跡と呼ぶのだろう。
春親はすぐに清史にも声を掛ける。それから二人は頷き合い、グッと親指を立ててきた。どうやら彼らは、拓実の考えを正しく汲み取ってくれたらしい。全くいつの間に、こんなにも意思の疎通ができるようになったのか……
とにかく彼らに到着が伝わったなら、なんとかなる。拓実は一先ず安堵して、ステージ上、相手チームのダンサーに目をやった。自分が勝負する相手のダンスを確かめておきたかったのだ。
そのダンスは、本当に見事なものだった。流れている曲は歌い手出身の人気アーティストのヒット曲で、かなりテンポが速いのだが、しっかりと動きを合わせ、細かい音もよく拾って表現している。
うまい。とてもうまい、面白い。オリジナリティーにも溢れていて、目が離せない……自分はこれから、このダンスを超えなければいけないのか。
そう思うと指先が震えてくる。が、それはプレッシャーや畏怖から来るものではなかった。いや、それらも確かにあるのだろうが、しかしそれ以上に拓実の身体を震わせるのは、ギュンギュンと駆け巡るわくわく感だ。会場に入った時から感じていたそれが、今、これ以上なく膨れ上がる。
こんな大舞台を前にしているというのに、更には色々な人に迷惑を掛けている真っ最中だというのに――もっと言えば、狩谷との間に大変な問題を起こしてしまった後だというのに。
音が、光が、熱狂が、相手ダンサーのパフォーマンスが……何よりダンサーとしての血が、拓実をこれ以上なく昂らせた。己のターンが回って来るのを今か今かと待ち構え――ついに曲の一番が終わる。
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