第72話 思わぬ助っ人
◆◇◆
駅のホームに到着すると、渋谷に向かう電車のドアが丁度閉まるところだった。普段ならば見送るようなギリギリのタイミング、だが今ばかりは次の電車を待つ時間も惜しいと、拓実は迷わず飛び込んでいく。駆け込み乗車はおやめくださいとアナウンスが流れ、拓実は肩身を狭くしながらもスマホを取り出す。この電車の渋谷到着時間を調べ、チームメイト達へ報告するのだ。
と、拓実はひゅっと喉を鳴らした。算出された到着時間に、駅から会場までの移動時間をプラスしてみると、決勝に間に合うかどうか、かなり危ういところなのだ。
嗚呼、返す返すも狩谷の元で時間を取られたのが悔やまれる……そう思いつつも、とにかく今は報告だ。すると即座に清史から返信があった。
『了解。こっちは無事に決勝進出決めたトコ。んで色々便宜図ってもらって、後攻の権利も譲ってもらえた。タックの出番は大トリだから、そのバトンが回ってくるまでに到着すればセーフだって。って事で、膝やっちまわない程度に急げよ!』
その内容に、拓実は束の間安堵した。良かった、二人はちゃんと決勝の切符を手に入れたのだ。実力からして間違いないとは思っていたが、いざ結果を聞くとホッとする。
それに後攻まで譲ってもらえたなんて、こんなに助かる事はない――……が、便宜を図ってもらったとは一体どういう事だろう。もしかして、二人が主催側へ色々と掛け合ってくれたのだろうか。だとすれば、どこまで迷惑を掛けてしまったのだろう。自己嫌悪に飲み込まそうになる。
あの二人に報いる為に、どうしたって間に合わなければ。彼らを失格にさせるなんて絶対に駄目だ、赦されない……それに拓実自身が、バトルに出たい。どうしても。どうしても。
大丈夫、きっと走ればなんとかなる。拓実は自らにそう暗示を掛ける。ダッシュで行けばきっと……と、そこへメッセージが追加された。
『で、駅出たら交番の方行って。そこに迎えが来てるから』
「え?」
電車内にも関わらず、声が漏れた。
だって迎えって――一体誰が?
頭上に疑問符が飛び交ったが、尋ねてもそれ以降チャット画面は動かなかった。きっともう、二人はステージへ向かったのだ。
こうなればともかく従うより他にない。拓実は渋谷駅に到着すると転がるように改札を通り抜け、すぐ右手の交番側へ走った。一体此処に誰がいるのか……訝しみながらも辺りへ視線を巡らせると。
「オッサーン! こっちこっち!」
「えっ――……キミ、サルくん⁉」
車道脇からブンブンと手を振るのは、オレンジ色のバイクに跨る猿渡である。
「もしかして迎えってキミ⁉ なんで⁉」
意外な人物の登場に、拓実は駆け寄りながらも驚きの声を上げた。猿渡は一秒だって惜しいとばかり、拓実の頭にヘルメットを被せながら返答する。
「さっき清史から連絡が来たんだよ、オッサンがピンチだからバイクで会場まで送れって。近所だしどうせ暇だろって言われてよ」
「えっ、それで来てくれたの⁈ うわぁ、それは申し訳ない……けどごめん、めちゃくちゃ助かる!」
恐縮しつつも、有り難さに声が震えた。たった一度バトルしただけの自分の為に、わざわざ駆け付けてくれるなんて。
「本当に本当にありがとう! 後でゆっくり御礼させて、俺、なんでも驕るから!」
拓実はそう言うのだが、意外にも猿渡は「いらねぇよ」と一蹴した。
「だって俺、あんたのダンスが目的でダンジャンの配信チケ買ったんだ。それなのに肝心のあんたが間に合わねぇんじゃ意味ねぇし……つかもう決勝始まるとこだ、早く乗れ!」
「あっうん! ありがとう!」
慌ただしくタンデムシートに跨ると同時、猿渡はアクセルを全開にした。びゅんびゅんと風を切って走行しつつ、彼はダンスジャンクの配信動画の音を聞き、拓実にもインカムでその状況を伝えてくれる。
『お、丁度今ステージに上がった! チーム紹介されてるトコだ!』
「っ⁉ それは……本当にギリギリだ……!」
『だな、俺が居なきゃ確実にアウトだったわ!』
猿渡の言う通りだ。ついさっきまでは走れば間に合うと信じていたが、余りにも無謀だったと思い知る。機転を利かせてくれた清史と、それに応じてくれた猿渡にはいくら感謝してもし足りない。
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