第71話 絶対王者の威光
そうしてステージを降りると、二人のスマホが同時に震えた。グループチャットへ拓実からのメッセージが入ったのだ。
その内容に、二人は顔を見合わせる。
「うーわ……マジでギリッギリ」
「三ターン目まで待つって許可がもらえなかったら確実にアウトだったね」
「だな……いや、それでも油断できねぇけど」
「あー、ホントヒリヒリする……」
拓実からの連絡は、渋谷への到着時間の報告だった。相当焦っているのだろう、ところどころ誤字がある。そのおかしな文面を見ていると、拓実には悪いがなんだか少し笑えてきた。笑うと気持ちも軽くなり、春親はウン、と大きく頷いて。
「まぁ、タックはきっと間に合うよ。なんとなくだけど、そんな気する」
そう言い切ると、清史がハッと苦笑した。
「お前って、ホント変なトコで肝座ってんな。さっきまであんなに落ち着かなかったのに」
「それは、タックの状況が全くわかんなかったから。でもこっちに向かってんならなんとかなる。ダンスの神様は、一生懸命な奴の事が好きだろうから」
「って、タック自身が神なんじゃねぇの?」
「あ、そうだわ。タックが神! だからきっと大丈夫!」
これに清史は「適当かよ」と呆れ顔をしていたが、しかし春親の強気が伝播したのだろう。珍しく不安気だった顔が次第、いつも通りの落ち着いたものへと変化して。
「でも、そうだな……あんだけ真面目にやってたんだ。間に合わないとか考えらんねぇ」
「でしょ? だから信じてタックを待つのみ!」
そう、こうなったら信じるしかない。彼ならきっと大丈夫だと……と、そこへ。
「ねぇ、キミら!」
背後から突如声が掛けられた。一体誰かと振り返ると、そこに居たのはBブロックを勝ち抜いた――つまりはSnatchと決勝で戦うチームの三人である。
これに清史が「あっ」と小さく声を漏らした。決勝前に彼らにも、メンバーが遅れている事について謝罪に行かねばと思っていたのだ。その前に向こうから声を掛けられてしまった事に、清史は気まずく顔を顰め。
「今回の事、本当にすみません。大事な決勝に水差すような事になって……」
そう真摯に謝るのだが、相手チームの面々はどうにも様子がおかしかった。彼らはぶんぶんと首を振ると。
「いやいや、いいよそんなの! それよりキミら今、タックって言ってた? ってもしかしてだけど、絶対王者の、あのタック⁉」
前のめりに尋ねられ、清史と春親は互いに顔を見合わせた。それから春親が「そうだけど……」と頷くと、面々は「マジかぁっ!」と悶絶した。
「や、さっきキミがステージ上でもタックって言ってたから、まさかと思って聞きに来たんだ。そっか、マジであのタックが……俺ら、タックの大ファンだったんだよ!」
熱っぽく語る彼らは、春親や清史よりも幾つか年上のようだった。という事は、拓実の現役時代にドンピシャの世代なのだろう。それから彼らは興奮に顔を輝かせ、なんとも有難い提案をしてくれた。
「やー相手がタックってわかった以上、俺らもなんとしてもバトルしたいわ……って事で、俺ら先攻にしてもらうように、ちょっと主催に掛け合ってくる」
「えっ、いいんスか⁉」
思い掛けない申し出に驚いたが、彼らは何とも気の良い笑顔で頷いた。
「いいよいいよ、こんな機会俺らも逃したくないし! だって俺ら、自分らがあの人の後を継ぐんだって練習して来たくらいだから」
そう言い置くと、彼らは早々にスタッフの元へ向かって行った。その後ろ姿に、清史と春親は慌てて、「あざっす!」「恩に着ます!」と頭を下げる。
しかし、なんと有り難い展開だろう。まさかメンバーの遅刻を快く許してもらえるだけでなく、後攻まで譲ってもらえるなんて。これなら本当のギリギリまで、拓実の到着を待つ事ができる。
「つか……やっぱ、タックってすげぇわ」
ぽつりと清史が声を漏らすと、春親も「ね」と頷く。
「タック自身のネームバリューが、後攻の権利もぎ取っちゃうとか」
「あぁ……本当はこっちが頭下げて頼み込まないといけねぇ話だったのに」
「そんだけタックがあの時代のダンサーにとって偉大だったって事だよね」
結果この大会、決勝に立つ六人中五人が拓実の背中を追って踊ってきたという事だ。憧れの人が多くの人間から支持されているというのは、なんとも胸が熱くなる。自分の事のように嬉しくて、誇らしくて――そして春親は同時に闘志を燃え上がらせた。
「つか、これって絶対負けらんないね。あの人ら、タックの後継ぐって言ってた。って事はこの決勝、どっちがタックの後継か決める戦いになってくるじゃん」
「は?……や、別にいーだろ、何人が後を継ごうと」
清史はそう言うが、春親はぶんぶんと首を振った。
「いや、そこは譲れないっしょ! 俺らが一番タックに憧れて踊ってきたはずだし! 一番弟子は絶対俺ら! あー……そう思ったらめっちゃくちゃに燃えてきたぁ!」
志を同じくする者が居るのは勿論嬉しい。が、その分ライバル心も芽生えるものだ。拓実の一番のファンでありたい春親としては、他のダンサーにはどうしたって負けられない――と、そうは言っても。
相手チームの計らいは、本当に有り難い話だった。これで最大限、拓実を待てる。ここまで可能性を膨らませてもらったのだ、間に合わないなんて絶対に有り得ない……春親は強くそう信じた。
今できる事は、それしかなかった。
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