第66話 苦しい焦燥


――はぁ、はぁ、はぁ……


 呼吸がどうにも荒くなるのは、休む事なく動き続けているからというだけではない。それだけ拓実が今、焦燥に駆られているからだ。ゴミ袋を抱えられるだけ抱えても、全てを捨て切るには一階のゴミ室まで数回の往復が必要で、おまけに狩谷の部屋は五階にある為、行って戻ってでかなりの時間が掛かるのである。

 ああ、なんてもどかしい……!

 エレベーターのゆっくりとした移動にすら苛立つが、とにかく今は粛々と目の前の事を片付けるのだ。できるだけ早く、無駄な動きのないように、急げ、急げ、急げ……


 そうしてゴミ室にまたいくつかのゴミ袋を放った時、ポケットの中、連続でスマホが震えた。メッセージが連投されているらしい。

 こんなにも急いでいる時になんなんだ……これにもまた苛立ちつつ、緊急の連絡では困るからとスマホを取り出す。そして――メッセージが届いているのがSnatchのグループラインだと気付いた瞬間、苛立ちは瞬時に吹っ飛んだ。


 それは清史と春親からの、無事に一回戦を突破したという連絡だ。共に送られてきたセルフィーには満面の、何処かヤンチャな笑顔の二人が映っている。

「――っ」

 それを目にした瞬間、拓実の中に複雑な感情が湧き上がった。


 まずは安堵と、大きな喜び。彼らが無事に結果を出している事が本当に嬉しく、誇らしい。やはり自分のチームメイトは最強なのだと、高揚に胸が震える。

 だが同時、言い知れぬ悔しさも込み上げた。


 だって本当なら、自分も此処に居たはずなのに。

 誰より近くで二人を見守り、その勝利を全力で祝っていたはずなのに。

 どうして自分は今、こんな所でゴミ捨てなんかしているのだ。

 この状況はなんなんだ?

 なんでこんな事になっている……?


 そう考えると、またも胃壁が焼けるような感覚がした。現状が受け入れ難く、憤って仕方がない。何故よりによって今日、こんな事をしなければならないのか。一体こんな、誰の所為で――……と、そこで拓実はハッとして首を横に振った。


 仕方がない。これは仕方がない事なのだ。


 たまたま今日、狩谷に助けが必要だった。それを自分が助けるのは当然だ。だからこれは、憤るような事じゃない、誰の所為でもない……謂わばただのアクシデントだ。


 とにかくこれさえ片付ければ会場へ向かえる。ならば今は余計な事を考えず、只管身体を動かすべき――と決意した拓実だが、その前に大急ぎで春親と清史への返事を打った。まずは彼らの勝利を祝いたかったし、まだもう少し時間が掛かると伝えねばと思ったのだ。

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