第61話 清史のバトル


『それではーAブロックサードバトル! “トライスター”ⅤS“Snatch”――……ってアレ? 二人?』

 ステージに上がると、案の定MCに怪訝な顔をされた。

「ちょちょ、キミ達三人目いなくて大丈夫? もうバトル始まっちゃうよ?」

 何かのトラブルかと思ったのだろう、わざわざ上手側に寄ってきたMCはマイクを通さず尋ねてくるが、清史は平然と頷いた。

「うちはこのバトル、二人でやるんで。始めてもらって大丈夫ッス」

「えぇマジ? そりゃまた凄い自信だね」

 MCは驚きの目で見詰めてくる。どんなジャンルの曲が掛かるかわからない以上、フルメンバーで挑む方が圧倒的に有利なのだ。人数が増えればそれだけダンスの引き出しが増えるのだから。

 それでも二人だけでステージに上がったSnatchに、下手側に陣取る相手チームは自分達が舐められていると解釈したらしい。その瞳に敵意がギラリと閃いたが、こちらとしては相手にどう見られようと関係ない。やるべき事をやるだけだ。


 先攻後攻を決めるコイントスが行われ、Snatchは後攻となった。エアーホーンのプァーという音が響き、いよいよDJが最初の曲を掛け始める。

 さて何が来るかと身構えていた清史だったが、流れ出したのは数年前に車のCMで起用されていた、有名海外アーティストのナンバーだった。どうやらこの大会の選曲については、最新ナンバーというよりも、皆に聞き馴染みがあるだろうヒット曲が中心らしい。

 まぁなんにせよ、踊りやすい曲で何よりだ。余程の事がない限りは清史が先鋒を務めるという事になっていたが、これならば問題なくやれそうである。


 さて、相手チームの先鋒は、素早いステップを主体として踊るハウスダンサーであった。その動きはノリが良く軽快で、広いステージを動き回って会場を沸かせている。

「おお、さすがにうめぇ」

「うん、いい感じ」

 清史も春親も、感心して相手のダンスを眺めやる。


 そのダンサーは複雑な足運びのステップを完璧にこなし、且つ曲が盛り上がるところにきっちり見せ場を持ってくる。そして相手は清史の眼前まで近付いてくると、自らの力量を見せ付けるように高速のクリスクロスを披露した。この素早さと一切の乱れのない正確さに、フロアからは指笛が響き渡る。

 存分に会場を沸かせたダンサーは満足気な笑みを見せ、ステージの中心へと戻ると見事なバランスキープ力を発揮した連続スピンにてフィニッシュした――さぁ、いよいよこちらの番だ。


 会場はすっかり今のダンスに魅了され、濃密な余韻の中にある。これをどう自分の色に染め直すか……清史は考えつつ、軽くリズムを取りながらステージの中心へと進み出る。

 初手で派手な大技を決めてもいいが、それではイマイチ曲に合わない。ならばどうする? 何から攻める? 答えはすぐに見付かった。


 曲の二番が始まると同時、清史は相手と同様ハウスのステップで対抗した。相手が得意としているだろう複雑なステップを、こちらも負けじと踏んでやる。

 このバチバチと火花が散りそうな選択が会場を一層熱狂させた。喧嘩腰と取られても構わない。バトルにおける柄の悪さは極上のスパイスなのだから。

 と、しかし、清史は相手ダンサーのようなハウスのスペシャリストではない。この一手だけで最後まで踊り切るのは無謀な為、早々に次の作戦に出る。


 そうして次に選んだのはロックの振りだ。ロックとは、ダイナミックな動きと、ところどころそれをピタリと止める――ロックする――のが特徴のジャンルである。清史はロッカーズステップを踏んでから、ダイナミックなジャンプ技を披露した。手足の長い清史が決めれば迫力は満点、会場のボルテージも鰻登りだ。


 曲調からするとこのままロックで攻め続けても良かったが、相手がハウスだけを極め上げてきたならばこちらは引き出しの多さを見せ付けるのがいいだろう。そう考え、次に披露したのは筋肉を弾いて踊るポッピンだ。言わばロボットダンスを進化させたようなダンスで、ここまで豪快に使って来た身体を緻密に繊細に動かしてスキルを見せる。


 そうして踊り続ける中、清史はところどころで、自らがホットな男だと見せ付ける仕草を盛り込んだ。それはこの曲が、自らが如何に最高の男であるかを歌うファンクナンバーだからだ。

 シャツの裾をまくり上げて腹筋を見せたり、挑発的に顎をしゃくったり。男性的な色気たっぷりに、だが下品にはならないよう、何処かコミカルに観客へアピールする。曲のノリだけではなく、歌詞がある場合にはその世界観も表現してこそ――と、それは拓実から受け継いだイズムだ。


 拓実は曲の全ての要素をダンスに生かす。旋律から想起される心情や情景、詞の世界観、ボーカルの声質、刻まれるビート――それら全てを身体に取り入れ表現に昇華するから、彼のダンスは心を強く震わせる。身体の動きが音楽と完全に調和した時、ダンスは大きな感動を生むのだ……と、英語の詞を観客が理解しているかは知らないが、清史はただ己の美学に従って踊るのみである。


 そして最高潮に盛り上がるサビで披露するのは、最も得意とするブレイキンだ。

 最初は高速のフットワークで会場の心拍数を高めていき、そこから決めるのは回転技パワームーブ。開脚して床をぐるぐると回るウィンドミルから、逆立ちのように掌だけで身体を支えて回転するエアートラックスへ。


 だがここでも、技を見せるだけではなく、曲との調和も忘れない。合間、ダダダダダという特徴的な連符が鳴ると、清史は回転を止め脚を小刻みに震わせた。最後には勢いよく立ち上がってポーズを決める。するとこれまでのバトルで一番の歓声が沸き上がった。どうやら清史はSnatchの先鋒として、十分に役目を果たせたらしい。


 惜しみない称賛を全身に浴びつつ、清史は春親の元へ戻る。さぁ相棒は今のダンスにどのような評価をしてくれるかと得意になって――だが、春親は「いいね、いい感じ」と軽いハイタッチで迎えてきた。

 このなんともあっさりした態度に、清史は苦笑する。自分としてはかなりいい仕事をしたつもりだが、これくらいお前なら当然だろという信頼が、春親の評価をこうもドライにしているのだ。


 まぁ相棒のパフォーマンスに対して目が肥えているのはお互い様だ。清史もまた、春親ならば当然この会場を更に沸かせてくれるだろうと信じている。とは言え曲との相性によっては、出来が多少左右されるかもしれないが……そう考えていると、第二ラウンドの曲が流れ出した。

 これもまたCM起用されていた有名な洋楽だ。が、ファンクでノリの良かった一曲目とはまた違った、しっとりとした雰囲気のミドルバラードだ。何年か前に日本でもヒットし、清史も練習用プレイリストに入れている為、春親の耳にも馴染んでいる。

「あ、いーね。俺これ好き」

 そう言って身体をリズムに馴染ませ始める春親に、清史は安堵した。これならば第二ラウンドも順当に、春親に任せて良いだろう。

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