第60話 折れない自信

 

 開場の三十分前になると出演者全員がメインフロアへと集められ、運営スタッフによる挨拶や進行の説明等が行われた。会場使用における注意や、これから対戦カードの抽選を行う事、出番の何分前には舞台袖に居て欲しいだとか、勝敗のルールだとか。

「あ、それから今回、出場者にビックネーム揃ってるんでチケットは完売してます! けどこのイベントを第二回第三回と繋げていきたいと主催からの要望がありますので、皆さんSNSでガンガン宣伝お願いします!」

 そんな言葉に、ノリのいい連中がスマホを掲げて声を返す。イベント参加時に必ず見るやりとりだ。


 そうしてスタッフによる一連の説明が終わると、チームを代表して清史が対戦カードの抽選に臨んだ。スタッフが裏返しに差し出すカードから一枚引いてひっくり返すと、書かれていたのは「A―3」。初戦はAブロックの三試合目という事だ。これならば様子見もできるしまずまずの引き……と思ったが、春親から盛大なブーイングを喰らった。

「あーもー駄目じゃん! 最終試合引いとけば、タックが間に合う可能性も上がったのに……やっぱ俺が引いた方が良かったんじゃね?」

「いや馬鹿野郎。お前に任せたら高確率でド頭になってたわ」

 清史は苦々しく言ってやる。鳥羽春親という男は引きがいいんだか悪いんだか、クジとなると何かと一番を引きがちなのだ。


 各チームの出順が決まるとミーティングは解散となり、参加者たちは各々ストレッチやウォームアップを開始した。と、もうその時点から気迫が違う。いつも参加するような大会ではお祭りのようなノリの参加者も多く、出番ギリギリまで準備運動をしない者もいるのだが、今回は誰もがインターハイに臨む運動部のようである。誰もが皆、この大会をきっかけに名を上げようと真剣なのだ。

 これに遅れを取るまいと、清史と春親もストレッチを開始する。いつも以上に丁寧に、時間を掛けて身体を伸ばす。拓実じゃないが、バトルとなるとテンションが上がり、自らの限界を超えて動いてしまうというのもよくある話だ。だがそれで怪我をしたのでは悲惨過ぎるので、入念に身体の堅さを取り除いていく。


 それから会場に流れる曲に会わせ軽く身体を動かしていると、あっという間に開場時間がやって来た。一般客が入り出し、会場は一気に賑やかになる。かなり熱のあるダンスファンが集まっているようで、少しでも良い場所を確保しようとオープンと同時に大勢が押し寄せる。

「っと……そろそろ退散した方が良さそうか。おい春親、行くぞ」

 春親は観客が入り始めているのにも気付かない様子で尚も踊り続けようとするので、清史はその首根っこを捕まえて引きずった。すると春親は不服そうな顔をして。

「えぇ何、俺まだ踊り足んねぇんだけど! まだスペースにも余裕あるし、端の方ならもうちょい踊ってて良くね?」

「良くねぇ。お前このまま此処に居たら、ファンに囲まれて身動き取れなくなんだろうが」

「あ、あー……」


 その指摘に春親はなんとも苦い顔をした。サービス精神が微塵も無いにも関わらず、スキルの高さと見栄えの良さから、春親には熱狂的な女性ファンが多いのだ。彼女らに囲まれると離脱するのが大変なので、できるだけ接触しないに限るのだ。

 そんなわけで大人しくなった春親を連れ、清史は関係者以外立入禁止の、ステージを正面から見下ろせる二階席へ上がった。オープニングが行われるのはこのメインフロアなので、それが終わるまで此処で過ごす事にする。出演者の大半が同様の考えらしく、楽屋へは戻らずに此処へ集まっている者が多い。


 さて、あっという間にフロアは人で埋め尽くされ、ざわざわという騒めきが空間を支配した。それに伴い、これだけ大勢の視線と期待を浴びながら踊るのだという実感が湧いてくる。無論緊張もするのだが、それ以上にやってやるという気迫が満ち、万能感が生まれてくる。


 嗚呼、早く踊りたい。

 早くこの会場中に、自分の実力を見せ付けたい。

 目を奪い、呼吸を奪い、決して忘れる事のできない鮮烈な瞬間を焼き付けたい。早く、早く、早く――


 そうして気持ちが昂ぶる中、不意にブースから流れていたリミックスの音量が絞られた。ドリンクを手に揺れていた観客から歓声が上がる。ついにダンスジャンクが始まるのだ。


『はーーいこんばんはー! おっ、大勢集まってくれてますねー!』

 年齢不詳の派手な男が、軽い口調で言いながらステージに登場する。この人物が大会のメインMCらしい。彼は軽妙な話術で客を軽く盛り上げると、そのまま大会の概要やルール、注意事項なんかを説明していく。

 すると二階席の参加者達も続々とステージに注目し始めた。が、それはMCの進行の腕に興味を引かれたからではない。いよいよあの男が姿を現すからである。きっとここに集った誰もが憧れ、敬意を抱き、そしてなんとしても評価されたいと熱望する男が。

 期待は膨れに膨れ上がり、その重さで二階席が落下してしまうのでは思われたところで――MCがわざとらしい咳払いをした。そして。


『それでは皆さんお待ちかねだと思いますので、本大会の主催者を紹介しましょう。盛大な歓声でお迎えください――……AWAZY――――っ‼』

 その名前が呼ばれると、会場は大いに沸いた。舞台上に進み出た人物は歓声に手を振って応えている。確かもう五十近いはずなのだがそれよりずっと若々しい雰囲気の、黒髪をオールバックに固めたその男こそ、参加者達のお目当てたるアワジである。


 彼はマイクを受け取ると、殊の外穏やかな口調で語り出した。

『皆さん、熱い歓声をありがとう。えー……最近の日本のダンスレベルは凄まじい成長を遂げているという事で、世界でも活躍できるようなダイヤの原石を発掘すべく、今回の大会を開きました。優勝したチームには、僕のスクールの特別クラスへ参加する権利を贈ります……が、例え優勝せずとも、光るものを感じたダンサーには声を掛けるつもりでいます。だから皆さん、今日は最高のパフォーマンスを見せてください!』

 これに二階席が大きく揺れた。一瞬で皆の目に熱い闘志が燃え上がる。この機会、何がなんでも物にせねば。ライバル達を蹴散らして、アワジへアピールしなければと。


 さて、アワジの後にも他二名の審査員であるプロダンサーが紹介され、それが完了すれば、ついにバトル開始である。AブロックBブロックの振り分けに合わせ出演者と観客たちがそれぞれのフロアへ移動すると、すぐに初戦が始まった。

 此処でも出演者たちは、二階席からの試合観戦が許されている。清史は手すりから身を乗り出すようにしてステージ上の戦いを見守ったのだが、思わずヒュウと口笛を吹いた。動画審査まで導入される程の応募者の中で出場権を得たダンサー達は、やはり誰も彼も凄まじく上手いのだ。スキルも発想も文句なしで、のっけからレベルの高い戦いが繰り広げられている。


 だが、そんなハイレベルのダンサー達でも一筋縄ではいかないのがダンスジャンクという大会だ。この大会で掛かる曲はジャンルを問わない――というのは事前にわかっていた事だが、その曲というのが本当になんでもありだった。ゴリゴリのヒップホップから懐メロから、本当になんでも掛かるのだ。


 やはり誰しも踊り慣れているジャンルがあるが、それ以外の、半ばトリッキーとも言える曲が流れた時、どこまでその世界観にマッチしたダンスができるか。それができてこそエンターテイナーだとアワジは言うが、これに誰もが手こずった。

 リズムに合わせて動きを乗せる事はできても、それが曲のイメージとかけ離れていたら評価には繋がらない。スキルはあるのにうまく踊れず撃沈していく者たちを見て、二階席には言い知れぬ緊張感が漂い始め……だがそんな中で清史が注視していたのは、全く別の点である。それは各チームの構成だ。


 ダンスジャンクは三人で一チーム。その内、どのダンサーをどう出すかは各チームの自由だが、今のところ全チームが全てのダンサーを順繰りに踊らせていた。

 まぁそりゃそうだ。トーナメントなのだから、一回戦で皆一度は踊らないと、誰かが出番のないまま敗退になる恐れがある。清史だって拓実の怪我という懸念がなければ、一人を最後まで温存するなんて采配はしなかった。


 だがこの采配は、間違いなく拓実という三人目のメンバーへの期待を膨らませる。そして拓実なら、その期待を軽々と超えるようなパフォーマンスをやってのける。その瞬間を思い描くと口角が持ち上がった。この大会、自らの実力を発揮するというだけでも最高に高揚するが、長く憧れ続けた人の雄姿まで拝めるのだから、興奮しないはずがない。


――と、それにはまず自分達が決勝まで勝ち上がるのが大前提だが、眼下でのハイレベルなバトルを目の当たりにした上でも、清史の自信は揺らがなかった。大丈夫、自分達の方がやれる。それだけの時間を、労力を、一途にダンスに費やしてきた……が、油断すれば足元を掬われるのもわかっているので、全てのバトルに全力で挑むつもりだ。


 そうしてバトルを見守っていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。ステージ袖へ向かう時間を知らせる為のアラームだ。

 清史は自らの鼓動を確かめた。いつもよりは速い、が、臆しているわけじゃない。いける。やれる。この自信は揺るぎない。

「――ん、もう時間?」

 清史の気配が変わったのを察したのか、ウォームアップを続けていた春親も寄って来た。

「よっしゃ行こ行こ。つかさっきから面白い選曲混じってんね? 俺のターンでそういうの流れたら何しよっかな、めっちゃ楽しみ」

 その余裕溢れる発言に周囲はギョッとし、清史は思わず笑ってしまった。本当にコイツは大物だな、と。

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