第59話 いざ会場へ


 ◆◇◆


「ばっ……かやろ、バトル前に汗だくにさせやがって……」

 会場となるクラブへ到着すると、清史は早くもボロボロになっていた。急なダッシュを強制された上、道順もわからないのに先行する春親を大声でナビしたり、それでも誤った方向へ突き進んでいくのを連れ戻したりと、かなりの体力を消費したのだ。


「あーごめんて。つかキヨ、どんだけ汗掻いてんの? マジで代謝良過ぎじゃね?」

「いやふざけんな……あんだけ走ってさっぱりしてるお前の方が異常なんだよ……!」


 タンクトップの中を大量の汗が滑り降りていくのが気持ち悪く、清史は顔を顰めて言い返す。対する春親は七月だというのにほんの少ししか汗を掻いていなかった。代謝が悪いというより、こんな運動くらいじゃ身体が反応しないのだ。イケメンは身体の作りまでイケメンで、そうそう泥臭い汗など掻かないのである。


「あーでも走ったらスッキリした。タックの急用に対するモヤモヤが吹っ飛んだわ。そんで、受付ってどっち? こっち?」

「待っ……勝手に動くな! つかもうちょい息整えさせろって!」

「え、そんな疲れた? なら水分あげるよ」

「おぉサンキュ……ってこれコーラじゃねぇか!」

 ダッシュの後のコーラなんて、どう考えても中身が噴射するだろうが――と、緊張感に欠ける漫才を繰り広げていた二人だが。


 いざ受付を済ませオープン前の会場に入ると、さすがに揃って息を呑んだ。

 見上げる程の高さにある巨大なステージ。キャパシティ千人越えの広々としたフロア。壁際に設置されたDJブースも馬鹿でかい。

 清史は過去に観客としてこの会場を訪れた事があるが、いざここで踊るのだと思うと身体が震えた。怖気付いての震えではない。これ以上なく気持ちが昂ったが故の武者震いだ。


「うーわ、広ぉ……こんな広いトコでやんの初めてだね」

 マイペースの春親も、この会場の迫力には圧倒されたらしい。だがその声からは、臆した様子は感じられない。むしろ何処か楽しげに春親は尋ねてくる。

「ねぇ、今日ってフロアで踊るわけじゃないんだよね?」

「ん、あぁ。そう聞いてる」


 これまで二人が経験してきたダンスバトルは、ステージ上に審査員が陣取り、バトルフィールドはフロアの中心に円形に設けられている事が多かった。そしてそのフィールドの周りを人垣が埋め尽くすというのが常だったが、今日のフィールドはステージ上だ。審査員はDJブース横に設けられた特別席に座るらしい。


「あ、けど確か、今日は参加者が多いから、一回戦だけは色々と条件が違うらしい」

「条件? どゆ事?」

 きょとんとする春親に、清史は丁寧に教えてやる。

「つまり、全部の試合を順番にやってたらとんでもねぇ時間が掛かるから、一回戦目は時短しようって事だ。ここより規模の小さいフロアが二つあるから、そこでAブロックBブロック同時進行でやるんだと。そこでジャッジすんのはオーディエンスで、二回戦から審査員のジャッジになるって」


 と、そんな複雑な事をするならば参加チーム数を減らせば良いのではという話だが、アワジは少しでも多くのダンサーに、大きな会場で踊る経験を積ませたかったのだという。その結果の一回戦二ブロック同時進行というわけだ。


 そう聞くとアワジの慈悲や後進育成への情熱を感じられるが、しかしこれは同時、一回戦を通過できなかった者はアワジの前で踊れないという事である。そうと知れば、絶対に負けられないと緊迫感が高まりそうなものなのだが。

「ん、了解」

 そう答える春親からは、気合は感じても変な気負いは伝わってこなかった。というか、この巨大なステージを前にして、彼は今、本気で「楽しそう」と考えているらしい。結果を出さねばという闘志は燃えているのだろうに……全くなんという大物だろう。


 それから二人はスタッフの案内に従って楽屋へと向かったのだが、そこには既に何チームかの面々が集っていた。その顔触れにはなんとなく見覚えがある。過去に対戦した事のある奴もいるし、ネットでバズっている踊り手もいる。中には関西を拠点にしている奴もいる。アワジ主催の大会という時点で手練れが集まっているだろうとは思っていたが、改めてその面々を前にすると壮観だ。


「あー……こん中で勝ち上がんの、結構骨が折れるかもなぁ……」

 思わず清史はそう零したが、間髪入れず春親が「いや、やれるっしょ」と返してきた。

「つかどんなに上手い奴が出てきてもさ、俺ら何がなんでも決勝まで行かなきゃだから。でないとタックが踊れねぇ」

 その言葉に、清史の中にほんの少し芽生えそうになった弱気が一瞬で追い払われる。


 究極を言ってしまえば、自分達は万が一決勝へ進めなくても、全力さえ尽くせればアワジの目には留まるだろう。相対的に劣ったとしても、絶対的に実力はあるのだから。だからきっと目一杯やれば、未来への切符は手に入る――が、それだけでは駄目なのだ。拓実の二カ月の努力を無駄にするわけにはいかないし、彼の人生を変えるには、絶対に決勝までは進まないと。


「だな、お前の言う通り何がなんでも勝ち上がらねぇと……つか単純に俺、タックが大舞台でバトルするトコが見てぇ」

「だよね。絶対バチクソにかっこいいよ」

 そう言って頷き交わすと、二人は気合いたっぷりに、強者犇く楽屋の中へと踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る