第54話 Snatch

「あー……つぅわけだ春親。納得したかよ?」

 清史が咳払いと共に問い掛ける。と、渋々という空気を発しながらも春親は頷き、気分を切り替えるように「あーっ」と一言荒く吼えた。それから改めて拓実へと向き直り。

「タックごめん、無茶言った。反省するから怒んないで」

 叱られた子供のように言うので、拓実は思わず笑ってしまった。

「いや、怒ってないよ。むしろありがとうな、そんなにまで真剣に考えてくれて」

 そうして一先ずこの話題は終わったのだが、どうにも重たい空気は継続していた。そこで拓実は雰囲気を変えようと、何か別の話題を探し……そして一つ閃いた。


「あ、そういえばなんだけど……うちのチーム名って何?」


 拓実は二人に向けて問い掛ける。なんとも今更な問いなのだが、スタジオに来るとダンスの事で頭がいっぱいになってしまい、事務的な話にまで頭が回っていなかったのだ。

 と、これに清史が。


「スナッチ」

「え?」


 拓実はぽかんと聞き返す。と、もう一度。今度は少しゆっくりと繰り返される。

「だから、Snatch。俺らのチーム名」

「って……ブラピの映画から取ったのか?」

 拓実は瞬きしながら問い掛ける。だが清史と春親は揃って首を横に振った。そしてじっとこちらを見詰めるのだが――そのなんとも意味深な視線から理解した。いや、薄々そうじゃないかとは思ったが、では、やっぱり。

「えぇと、もしかしなくてもそれって、俺の苗字から……?」


 拓実の苗字は砂川だ。それに掛けての命名なのかと尋ねると、彼らは大きく頷いた。

「うん。だって折角一緒に組めたから。どうせならタックにあやかったチーム名にしようって」

「最初は春親が『タックTHE GOD』がいいって言うから慌てて代案考えたんだけど、結果なかなかハマってるよな。Snatchって掠め取るとか奪い取るって意味だろ? 優勝掻っ攫うみたいで悪くねぇ」

「えぇ、いやいやいや……えぇ?」


 これに拓実は頭を抱え込んでしまった。彼らのタック馬鹿っぷりはもうわかりきっていたつもりだったが、まさかチーム名まで拓実の名から取るなんて――というか『タックTHE GOD』ってなんだ。どういうセンスだ。止めてくれた清史に本気で感謝するのだが、それにしたって『Snatch』もどうなのだ。


「あのなぁ……。ダンジャンはそもそもキミら二人の将来の為に参加するんだろう? なのになんで俺の名前がメインなんだよ……」

 こそばゆいやら小っ恥ずかしいやら、いや、何よりも烏滸がましい。大切なチーム名に自分の名前が掛かっているなんて。

「それ、今からでも変更できないのか? 何かもっと思い入れのある言葉とかに変えた方が絶対いいって……何かあるだろ、キミら二人を象徴するような言葉とか。もっと真面目に考えないと」

 だが、これに二人は呆れたような顔をした。

「や、それタックが言う?」

「タックこそいつも適当なチーム名付けてたじゃねぇか」

「え、そうだっけ?」


 そんな指摘に拓実も当時を思い出す。拓実には特定のチームメイトはおらず、予定の合ったダンス仲間と流動的に組んでおり、その都度チーム名が必要になった。これについて最初こそ拘っていたものの、途中から考えるのが面倒になり、好きなお菓子の名前を取って『キャベ〇太郎』だとか、その時着ていたTシャツの色から『ブラックス』だとか、なんの捻りもなく名付けていたっけ……


「あ、あー……だとしても! やっぱり今回のチーム名はもっと真剣に考えた方がいいと思う! この大会でプロへのきっかけを掴むなら、きっとチーム名も後に残る。長くキミらの看板になる可能性だってあるんだ。下手な名前なんて付けると――」

「下手な名前じゃない」

 拓実の言葉を遮って、春親がきっぱりと言い切った。


「俺らにとって、やっぱりタックは原点だから。ダンスは元々好きだったけど、もっともっと追及したいって思わせてくれたのはタックなんだよ。だからここ一番って勝負の時に掲げるなら、あんたの名前がしっくりくる」

「それにタックにあやかったチーム名に黒星付けるわけにいかねぇからな。意地でも負けるわけにいかねぇって気合も入るわ」

 若者達は少しの迷いもなく言ってのける。どうやら本当に本気のようだ。彼らは拓実が考えていたよりも更に深く、更に強く、リスペクトを向けてくれていたのである。


 そう実感すると、これ以上は考え直せとは言えなかった。その代わりに、拓実の中にじわじわと熱いものが沸き上がる。

 だって、プロになるという夢も果たせなかった、無名のダンサーである自分の事を、こんなにも特別に想い続けてくれるなんて。やはり烏滸がましいという気持ちはあるが、それ以上の感情が拓実の胸を満たしていく。それは喜びや感動や……いや、適格に言い表すのが難しい。だが、とにかくとても優しい気持ちだ。


「あーもう……仕方無いなぁ」

 若干潤んだ瞳を隠すように笑いながら、拓実は言う。

「じゃぁ俺も、明日めちゃくちゃ頑張らないと……チーム名にまでしてもらったら、絶対に温いダンスはできないもんな。俺が二人を優勝させるくらいのつもりで踊らなきゃ」

「あぁ、頼むわ。ペース配分さえミスらなきゃ、タックは完璧にやってくれるだろうし……けど明日、万が一でも俺らがミスって早々に負けるような事があれば、タックの出番が幻になるわけだからな。そろそろ練習再開すんぞ」

「ぅあーい」

 清史の号令に、春親が即座に腰を上げる。

 拓実も残された時間で、少しでも己を高めんと、一層の気合を入れて立ち上がった。

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