第51話 繋がっていくダンス

「あー、それにしても惚れ直す……」

 春親は陶然とした声でそう吐き出す。

「いちいち音ハメがエグイし、キレと抜きの塩梅が理想過ぎる。そんでこのサビの手数、マジでやばい。なんでこんなぴったり来る振りが一瞬で出てくるわけ? さすが一人オーケストラ……」

「一人オーケストラ?」


 その珍妙なワードに拓実は目を瞬いた。これに清史は「あったあった」と笑っているが、拓実には全く話が見えない。

「えーと、それって俺の事か? 全然知らないんだけど……」

「ん、あぁそうか……これってタックが引退した後にできたフレーズだっけか」


 そう言って清史が教えてくれた。拓実が引退してから、絶対王者を懐かしがる者達によって、タックのダンスを集めた動画がネットにかなり出回ったのだと。その中でも人気があったのが、拓実のテンションが上がり切った時の、鳴っている全ての音に動きを乗せる凄まじい手数のダンスシーンを繋ぎ合わせた動画だったのだとか。

「それに誰かが、“こんなん一人オーケストラじゃん”ってコメント付けたら、その呼び方が定着したんだよね」

「そう、全部の音を一人で完全に表現してやがる、ってさ」

「えぇ、ほんとに知らなかったんだけど……」


 拓実は思わず口元を押さえる。まさか引退後も自分のダンスに沸いてくれていた人達が居たなんて。そしてそんな――滑稽だがきっと極上の称賛なのだろう異名まで付けてくれていたなんて。

 それはなんともこそばゆく、けれど嬉しい話だった。拓実が照れて頭を掻く間にも、バトル動画の続きを観ながら清史は言う。


「つぅか今んなって気付いたけど、一人オーケストラってさ、『一人で全部の音を表現してる』ってのもあるんだけど、別の意味もあったんだろうな」

「別の意味?」

 目を瞬きながら問い掛ける春親に、清史は画面を指さしながら答える。

「要するに、タックの動きから音が流れてるみたいに錯覚するって事。曲に合わせて踊ってるっつぅより、タックのダンスから曲が聞こえるっつか……それくらいに音と動きが調和してる。あーやっと理解できたわ、あんたのダンスがなんでこんなに刺さんのか。スキルとか魅せ方とかも勿論だけど、ミュージカリティが半端ねぇんだ」


 清史はやっと画面から目を離すと、拓実の方を振り向いて。

「タックさ、ダンスの前にまず、音楽がすげぇ好きだろ。曲への理解がすげぇ深い。その旋律が何を表してんのかを拾い出す感性が鋭いんだ。だから曲を“動きを見せる為のBGM”扱いする事がほとんどない……音を尊重した上で、調和する動きを選び出してる」

 その見解に、春親も「あー、成程」と同意する。

「それってなんとなくはわかってたけど、言語化できたの初めてだね。つかタック程じゃなくても、俺も意識してた事だわ。曲を置いてけぼりにしないようにって……キヨもだよね? だから俺ら、お互いのダンスにはわくわくすんだわ」

「やっぱ音楽と動きがピタッと嵌まるとゾクッとするしな。てかこれ意識してねぇ奴は少ないと思うけど、実践すんのは難しいよな。音楽に対する感性なんて狙って伸ばせるもんじゃねぇし……そこんトコ、マジでタックの場合――」


 それから二人は拓実のダンスのミュージカリティの高さについて盛り上がり始めた。それはやはり気恥ずかしいものだったが、しかし聞いている内に、拓実も自らのダンスの強みを理解する。


 ダンスとは、踊り手が身体能力を見せ付けるだけでも十分に見応えがある。秀逸な振り付けだって、大いに人を楽しませる要素である。

 だが拓実は思うのだ。音楽との調和こそ、ダンスの魅力を爆発的に膨れ上がらせるのではないだろうかと。

 その曲の持っている世界観を完璧に表現できれば、見る者は聴覚と視覚を同じベクトルで刺激される事となる。その相乗効果で生まれる没入感こそ、大きな感動を齎すのではないだろうか。そこにある種の神秘性すら見出す程に――……


 と、これはあくまで拓実の主観だ。ダンスにどんな魅力を見出すかは人それぞれ、評価基準も人によってバラバラで良いだろう。

 だが拓実が踊る上では、音楽との調和こそが最も大切な事だった。そしてそれこそ、拓実の一番の武器になっていたらしい。


「……でも本当に、キミらに喜んでもらえて安心したよ」

 不意にぽつりとそう零すと、二人は揃って振り返った。「安心って何が?」という視線に促され、拓実は首を摩りながら言葉を続ける。

「だって俺、実戦はかなり久々だっただろ? キミらはいつも俺のダンスを褒めてくれるけど、バトルで通用するかってのは正直不安だったんだ。どれだけ勘が戻ってるかわからなかったし、いざやってみて幻滅される可能性だってあったから……」

「いや、何言ってんの。有り得ないでしょ幻滅なんて……タックならその場でリズム取ってるだけでもかっこいいんだから。それに結果、あんたは滅茶苦茶すごかった。サルだって負け認めてたし……つか、そうだタック、これ知ってる?」


 春親はそう言って、これまでとは別の動画を再生した。それは学生らしき数人のグループが、例のアニメのオープニング曲に合わせて踊っているもので――と、拓実はハッと目を見開く。

「え、もしかしてこの振り……」

 画面を見詰めたままに問い掛けると、春親は何処か誇らし気に頷いた。

「そう、タックがバトルでやった振り。コピーして踊ってる奴が何組か居るんだよ」

 それから春親は幾つかの動画を観せてくれた。それらに映っている人々は皆、拓実の振り付けで踊っている。多少アレンジを加えていたり完コピだったりと風合いは様々だが、しかし皆、楽しそうに。


「こうやってコピーされんのって、それだけあんたのバトルが評価されたって事だろ。俺ら以外にもあんたの腕は十分過ぎる程認められてる。だからタック、もっと自信持っとけって」

「自信……」


 清史の言葉を、拓実は口の中で繰り返す。確かにコピーしたいとまで思ってもらえるようなダンスができたのなら、自信に繋げて良いかもしれない。それだけ人の心に残るものが生み出せたという事なのだから。バトルにおいてそんな成果が出せた事に、拓実は大きな達成感に包まれる――が。


 今拓実が感じているのは、バトルが評価されたという喜びだけではなかった。自分の振り付けがこうして誰かに踊られるのは初めての事だったのだが、


――これって、こんなに嬉しいものなんだ……


 拓実はしみじみそう感じた。

 もしかしたら過去にも、ダンスバトルでの自分の振りをコピーした人がいたかもしれない。が、こうして実際に目の当たりにするのは初めてだ。そしてそれは、とても新鮮な事だった。新鮮で、嬉しくて。なんというか、満たされる。ダンスには自分で踊る以外にも、こういう喜びがあったのか……充足感に拓実はすっかり酔いしれていたが、そこで。


「まぁ、けどな」

 清史がそれまでとは打って変わって、少し厳しい声を出した。

「バトルの内容がすげー良かったのは置いとくとして、タックは自制心鍛えねぇとマジでやばい。アドレナリン出過ぎると膝の事がぶっ飛んじゃうのは大問題だ。そこんとこしっかり肝に銘じておいてくれねぇと!」

「はい、すみません!」

 指摘されると先程までの高揚は一気に萎み、拓実は即座に頭を下げた。

 自分でも既に猛省しているが、バトルの途中で動けなくなるなんて言語道断。いくらテンションが上がっていたとは言え、無茶をするのはよろしくない。ちゃんと自らの身体と相談して、ダンスを構成できるようにならなければ……。

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