第四章 変化の日々

第47話 春親のモノローグ

 姉が読んでいた少女漫画や流行のラブソング等で、よく登場するフレーズがある。それは、〝手に入れた後には、失う事への怖さが襲う〟というものだ。

 その感覚が、春親には理解できなかった。理解できないというか、少し悲観的過ぎるだろうというのが率直な感想だ。

 だって欲しいものが手に入ったら、その時を思い切り楽しんだ方が絶対いい。心配してもしなくても、結果に影響しないのだから。失う時は失う。ならば悩むだけ損だろうに。


 そんな春親を清史は、「お前の感性は大味過ぎる」と評価した。人間は普通、そんな風に割り切れるものじゃない、と。


 そう言われて、春親も考えた。もしかしたら、自分があのフレーズを理解できないのは、失うのが怖いと思う程に大切なものを手にした事がないからかもと。

 いや、大切だと思うものはちゃんとある。だがそれは家族や清史という存在で、それらは自分から離れていく事なんてないだろうという確信があるのだ。だから失う怖さという感覚を今一つ理解できないまま、春親は成長してきてしまった。


――が、ここに来て。


 春親は初めてその怖さを知る事となる。

 ダンスジャンクが終わったら、拓実はダンスを引退する。その時の事を思うと、怖くて怖くて堪らなくなるのだ。

 今、一緒に踊れる幸せだけを噛み締めていたいのに、どうしても頭を過る。この幸福にはタイムリミットがあるのだと。

 そんな事は最初からわかっていたのに、しかし、日々が楽しければ楽しい程、割り切れなくなってくる。どうにかならないかと足掻きたくなる……ああ、あのフレーズにこんなにも共感する時が来るなんて。


 だが、こんな気持ちをぶつけたら、きっと拓実を困らせる。それ故に、口には出せない。春親にできるのはただ、いつも通りに過ごすという事だけだ。


――でも、それって結構キツいのなぁ……


 春親は大きく溜息を吐く。

 少女漫画のヒロイン達に、馬鹿にしてごめんなと謝りたい気分であった。

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