第45話 徐々に、チームとして

「タック」

「っ!」


 不意に腕を掴まれた。振り返ると、立っていたのは春親だ。彼は周りをチラと見まわし、

「だいぶ人居なくなったから聞くけどさ……実際のトコ、足ってどう?」

 そう声を潜めて問いかける。

「ほんとはもっと早く聞きたかったんだけど……でもあんた、客前で興醒めな事話すの嫌だろうからここまで待ってた。ねぇ、膝痛い? あんま辛いようだったら、俺おんぶしますけど」


 春親が真剣にそう言うので、拓実は一瞬呆気に取られ、それから思わず笑ってしまった。この反応に春親がきょとんとするので、拓実は慌てて弁明する。


「いや、ごめんごめん、なんかちょっとおかしくて……さすがにおんぶは大丈夫だよ、痛みもだんだん引いてきたから」

「あ、ほんと? なら良かった……」

「ああ、気にしてくれてありがとうな。それに……色々わかってくれた事も」


 拓実は噛み締めるようにそう告げる。

 今、正に拓実は春親を探そうとしていたのだ。バトルを継続させてくれて本当に助かったと言いたくて。あの瞬間に拓実がどれだけ救われたか、そして春親がどれだけ頼もしく見えたのかを伝えたくて。

 すると丁度そのタイミングで、春親は声を掛けてきた。それはただの偶然だろうが、通じ合ってきたようで、なんだか拓実は嬉しくなる。


 それに膝の痛みに蹲っていた時も、普通ならばすぐさま休ませようとするだろうに、彼はそうはしなかった。ターンを引き継ぎ踊る事を選んでくれた。彼はその理由を、「タックが負けるのが有り得ないから」と語ったが、本当はそれだけじゃないはずだ。


 きっと彼には、あの場の空気を壊したくないという拓実の想いが伝わっていた。その証拠が、今の言葉だ。春親は、「皆の気持ちを醒めさせたくない」という拓実の想いをしっかり汲んでくれていた。だからこそフィールドへ乱入し、楽しい空気のままにバトルを終わらせてくれたのだ。


「あのままバトルが中断してたら、皆の中には楽しさより、心配とか不安が強く残っちゃっただろ。折角いい空気が生まれてたのにそんな事になるの、俺、絶対嫌だったんだ。でも足は言う事聞かないしどうする事もできなくて、あの瞬間、正直結構絶望しててさ。だから春親くんが踊ってくれて物凄く助けられた。ヒーローみたいに見えたよ!」

 拓実が前のめりに言うと、春親は気恥ずかしくなってきたのか、視線を明後日の方角へ向ける。

「や、そりゃまぁ……俺、何年もタックの事追い掛けてたし……散々バトル動画も見まくってたから、ある程度の事はわかってるつもりっつか……」

「えぇ、そんなにか?」

「うん、そんなに」

「はは、そうか。そう言われると照れるけど……でもわかってくれて本当に嬉しかったよ。ありがとうな」


 拓実が笑ってそう言うと、春親はついに真っ赤になった。つい先程は、猿渡に牙を剥く彼を怖いとすら思ったが、こうして見るとやはり可愛い。ここまで慕ってもらえると、相手の事がどんどん近しく思えてくる。


「やーそれにしても……キミのダンス、本当にすごかったなぁ! いつもスタジオで見てるけど、バトルとなると圧巻だ! 力強いのに品があるし、でも物凄く狂暴にも見える瞬間もあって、それがいいアクセントで――」

 それから拓実は、怒涛の勢いで春親のダンスを褒めちぎった。猿渡のアクロバットにも感銘を受けたが、春親のダンスもまた感性を大いに刺激したのだ。それを眺めている間は膝の痛みすら忘れる程で、そこまで感動させられれば伝えずにはいられない。

「それに前から思ってたけど、キミのダンスは本当に華があるよ! ポージングの一つ一つが綺麗だし、指先動かすだけでも息を飲ませるだけの魅力があって……って、ぅわっ⁉」


 言っていると春親が突如ぐらりと傾いだので、拓実は素っ頓狂な声を上げた。更にはそのまま倒れ込みそうになるので、慌てて支えようとしたのだが――出る幕はなかった。即座に駆け付けた清史が、無事春親をキャッチしたのだ。

「……っぶねー! おい春親、こんなトコで気絶すんな! ってかタック何言った⁉」

「え⁉ お、俺はただ、春親くんのダンスについて感想言っただけだけど……」

「ってなぁ、学んでくれよ! コイツにとってあんたからの誉め言葉は凶器も同然なんだって!」

 そう言われて思い返す。そういえば春親は前にも、拓実の褒め言葉のせいで白目を剥いて倒れていた。彼を相手に過度な褒め言葉は厳禁かもと肝に銘じる拓実である。


 そうして春親を公園のベンチに寝かせ、清史が冷たい飲み物を買いに行き。拓実はそれを待ちながら春親を見守る事になったのだが。

 そんな中でも、心臓はずっと高鳴っていた。

 久々に味わったバトルの熱狂、緊張感。相手からバシバシと伝わってくる闘争心。自分のダンスで高まっていくオーディエンスのボルテージ……全てが懐かしく、愛おしかった。無茶を反省しなければいけないのは勿論だが、今はまだその気持ちになれそうもない。楽しさの余韻が強過ぎるのだ。


 そしてバトルの高揚と同じくらいに拓実の胸を満たすのは、清史が自分を信じて送り出してくれた事、そして春親が自分の想いを汲みターンを繋いでくれた事、これらによる喜びだ。


 まだ組んでから一か月程なのに。

 年齢だって離れているのに。


――それでも、こんなにもチームになれるんだなぁ……


 一緒に踊れば仲間になれる。それは昔から感じていた事ではあるが、こんなにも世代の離れた二人と、こんなにも短期間で、ここまでの信頼関係ができるなんて。拓実を馬鹿にした猿渡に怒ってくれた事も、物騒ではあったが、振り返ると有難い。


 彼らのお陰で、今、拓実の心はこの上なく満たされていた。ダンスジャンクに誘ってくれたお陰で。逃げ出しそうな自分を踏み止まらせ、自信を付けさせてくれたお陰で。そして絶え間ないリスペクトのお陰で。


――こんなにも毎日を楽しめるようになるなんて、全く想像してなかったのに……


 人生の楽しさなんて、勤め人になったと同時に諦めるものだと思っていた。後はもう、社会の歯車の一つになる事に喜びを見出すしかないのだと……いや、それはきっとそうなのだろう。少なくとも自分にとっては。拓実の置かれた環境では、自由な振る舞いは許されない。

 だからこそ貴重なこの日々が、そしてそれをくれた春親と清史が、一層大切に感じられた。


 自分も二人の為、できる限りの事がしたい。

 そんな思いが大きく大きく膨らんでいった。

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