第44話 タックという名の人垂らし
「クソォォ、納得いかねぇ!」
猿渡はそう叫ぶと、春親に群がる人垣を掻き分け、その眼前に仁王立ちになった。その苛立ちっぷりに若者達はささっと離れていくのだが、突っ掛かられている当人は顔色も変えず。
「つっても結果は結果だから。俺が勝ち。お前は負け。タックは神。以上」
「以上。じゃねぇーよ! オッサンは途中で動けなくなったんだから、どう考えても俺の勝ちだろ⁉ なのになんでお前がしゃしゃってくんのかって言ってんだよ!」
「そりゃ、タックがお前に負けるってのが有り得ないから?」
「ンだよそれぇぇっ!」
猿渡はダンダンと地面を踏み鳴らした。その怒り心頭の様子に、拓実は足を引き摺りつつ二人の間に割って入る。
「うん、ごめんごめん、猿渡くんの言う通りだ! 俺とキミの勝負は明らかにキミの勝ちだった!」
「当然だろ、言われなくてもわかってるわ!」
猿渡は拓実に対しても勢いよくそう吠えたが、しかし次には語調を改め。
「あー、でも……オッサンが踊れる奴だってのはよくわかった。舐めた口きいたのは悪かったわ。それにもしあんたが踊り切ってたら、普通にあんたが勝ってたと思う」
「えっ! えっ⁉」
その殊勝な発言に拓実は目を丸くした。この若者がそんな事を言い出すのが意外だったのだ。いや、もしかしたら一度上げて落とすつもりか? そう考え身構えるも、彼は真面目に言葉を続ける。
「だってなぁ、あんだけオーディエンス沸かされたら文句も出ねぇわ……あんたの振りは曲とすげぇマッチしてたし、悔しいけどゾクゾクする場面がいくつもあった。春親があんたを尊敬するのもわかるっつか……あ、でもアクロバットは負けねぇけどな!」
最後には不遜にそう言い足すのだが、どうやら彼は拓実をダンサーとして認めたらしい。そうわかると、身体の奥からじわじわと喜びが湧いてきた。それは抑え難い衝動となり、拓実は堪らず、膝の痛みすら忘れてガバリと猿渡に抱き着いた。
「っ⁉ な、なんだぁ⁉」
これに猿渡は大いに慌てた声を出す。そりゃそうだ。知り合って間もないおっさんから、且つ汗だく同士でのハグなんてどう考えても嫌だろう。それは大いに承知の上だが、しかしそうせずにはいられない。
「いや、猿渡くんこそ、ナイスバトルだった! 楽しかった、ありがとう! キミのアクロバット、本当にすごいなぁ! どうしたらあんな風に跳べるんだ⁉」
言いながら身体を離すが、尚もがっしりと猿渡の肩を掴んだまま、拓実は如何に彼のダンスが良かったかを語りまくる。その勢いに相手は大いに戸惑っているが、それでも興奮が止まらない。猿渡の繰り出した技の数々を列挙しては、どこがすごいかどう感じたかと褒めちぎる。
「よくあんな捻れるよなぁ、目ぇ回ったりしないの⁉ あの完成度、どうやって習得したんだ⁉ いや俺も挑戦はしてたけど、あんなに高くは跳べなくて……あ、それにキミ、助走もほとんどなかったよな⁉」
そう一方的に捲し立てる拓実に耐えきれなくなったのか、やがて猿渡は「ダーッ!」と声を上げぶんぶん腕を振り回した。
「やめろやめろ! 褒めてくれんのはありがてぇけど、さすがに近いし長ぇって!」
その強い抗議にようやく拓実も我に返り、「あぁごめん」と一歩退こうとしたのだが、それを更に三歩分退がらせる腕があった。
「タック、もぉちょい離れとけ」
そう言って二人を引き剥がすのは清史である。
「タックがあんま仲良くすると、うちの過激派が大変な事になる」
「え?……あ」
そう言われてチラと見やると、春親の形相が大変な事になっていた。拓実の邪魔はするまいと耐えているようだが、猿渡に妬いているのは明らかだ。このままでは二人の関係が更に拗れてしまいそうで、拓実は慌てて距離を取る。
「それにそろそろ解散しないとまずい。いつの間にかかなり人が集まってたし……このままだと警察呼ばれる」
「あ、確かに!」
改めて辺りを見回すと清史の言う通り、バトルを始めた当初よりも倍近くの人数が公園に集まっていた。この騒ぎに、公園前を通り掛かる人々は不審気な視線を寄越して来る。余り長く居座ると、確かに通報されかねない。
「って事だから、解散だ解散! ジャッジの協力ありがとな、でも解散!」
清史は言いながら集まっている面々を散らしに掛かる。彼の迫力で言われれば若者達も素直に従い、少しずつ場を離れ出すが、その前に皆、猿渡や春親へ「かっこよかったよ!」と声を掛けた。そして、次々と拓実の元へも。
「おっさん、すごかった! 俺もダンスやりたくなったわ!」
「すごい楽しかったぁー、また来てね!」
「けどマジで足はお大事にな!」
「あ、あの! SNSとか、やってますか!」
と、最後の台詞は、なんとあの内巻きボブの女の子だ。
残念ながら拓実はSNSはやっていないが、しかしそんな問い合わせをもらえるという事は、それだけ彼女がこのバトルを楽しんでくれたという事だ。そうわかると、充足感は一入だ。このバトルにおいて拓実が何より重んじたのは、彼女にダンスの楽しさを伝える事だったのだから。
久々のバトルを終え、拓実は思う。自分にとってダンスとは、見る人に楽しんでもらえてこそだと。一人で踊り極めるという楽しさも勿論あるが、見ている人を笑顔にする、そうしてダンスを好きになってもらう、それが至上の喜びだ。
そう、それだけにさっきは焦った。自分のせいで周りの空気が冷えていくのが辛過ぎて。自分のせいで、このバトルが楽しいものでなくなっていくのが悲しくて。でも自分の力ではどうしようもできなくて。だからこそ――と、考えていると。
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