第43話 救世主
――あぁ、楽しい。皆も楽しんでくれてる、けど、もっとだ。もっと魅せたい。魅せられる……!
そんな高揚に飲まれると、そう言えば自分にもできるアクロバット技があったなと思い出した。もう長い事やっていないが、しかし今なら、この万能感の元ならばできるかも。
そうして拓実は一度フィールドの端まで下がると、そこから助走をつけてエアリアル――側宙を披露した。途端、その日一番の歓声が起きる。
「オッサン、そこまでできんのかよ!」
そんな驚きと興奮の声が飛んでくる。皆の表情が一層華やかに明るくなる。それに拓実もまたテンションを上げ、クライマックスまで突っ走ろうとしたのだが――……しかし。
次の動きが繋がらなかった。膝にビキッという痛みが走ったのだ。瞬間でぶわりと汗が噴き出して、堪らずその場に蹲る。
――嘘だろ、俺の馬鹿野郎……!
拓実は思い切り自分自身を罵倒する。万能感で満たされる余り調子に乗り、怪我の事を失念していた。久々のアクロバットは膝に負担を掛け過ぎたのだ。やり過ぎれば痛み出すとわかっていたはずなのに、なんという失態だ。
「え、どうしたの……?」
「急に蹲ったけど……これも演出……?」
突然静止した拓実に、オーディエンスもざわつき出す。盛り上がっていた場の空気が急激に冷え込んでいく。これに拓実は大いに焦った。あんなにも楽しかったバトルなのに、自分のせいで台無しにするなんて冗談じゃない……!
だが、立ち上がろうにもうまく力が入らない。もし此処で無茶をすれば、膝は一気に悪化する。そうすればダンジャンにだって支障が出る、それこそ洒落にならないが……
そう考える中、あの内巻きボブの女の子と目が合った。彼女は眉間に皺を寄せ、不安気にこちらを見詰めている。
――っ、駄目だ、悲しませる……!
折角楽しんでくれていたのに、このままじゃ彼女にとって、ダンスはまた悪い印象になってしまう。それは絶対に避けたいのに、嫌なのに、やはり足は動かない。
嗚呼畜生、このままでは自分のせいで、ダンスを嫌いにさせてしまう。どうにか、なんとか、状況を変える術はないものか。この場を再び楽しいものに引き戻す術は――……そう縋るように考えた、次の瞬間。
ぶわっ、と。
後方から強い追い風が吹き抜けた。
いや違う、拓実がそう感じただけだ。実際は、誰かが勢いよくフィールドへと飛び込んできただけである。
その、日常から不自然に浮き上がったような、圧倒的な華のある姿は――
「え――春親くん⁉」
拓実は呆気に取られて彼を見詰めた。フィールドに入り込んで、一体どうするつもりなのかと。もしや自分が動けなくなったのを見兼ね、強制退場させるつもりか?
もしそうならば気遣いは有難いが、しかしまだ待って欲しかった。拓実はまだ諦めたくなかったのだ。なんとかこの場を楽しい雰囲気で終わらせたい。怪我で台無しにしたくない。悪足掻きなのはわかっているが、なんとか立ち上がろうと試みて――
だが、春親は予想外の行動に出た。彼は拓実の元へは駆け寄らず、その横を通り過ぎてフィールドの中央に出ると、音に合わせて動き出す。ダンサー不在となったフィールドの中、全力で踊り始めたのである。
この展開に誰もが呆気に取られていた。だって勝負の最中に、第三者の乱入なんてありなのかと。
しかし春親の抜群のビジュアルとダンススキルを目の当たりにすると、オーディエンスは忽ち彼を受け入れた。彼らにとってはルールより、盛り上がれるかが大事なのだ。
そうして続け様にブレイキンの大技が披露されれば、こと女子からは悲鳴のような歓声が上がる。不穏に染まりかけた空気が春親に塗り替えられ、この場にまたお祭りのような熱気が戻ってくる。
その様子を、拓実は唖然として見詰めていた。だって一対一のバトルへの乱入なんて聞いた事がない。果たしてこれは赦されるのだろうか。そして春親は一体何を考えているのか――そう訝しんだものの、すぐにどうでもよくなった。
だってあの内巻きボブの女の子が、春親に釘付けになり高揚した顔を見せているのだ。彼女に無事笑顔が戻り、この場の熱も失われずに済んだ。それさえ叶えばもう後はなんでもいいか、と。
だがしかし、この展開に“なんでもいい”とは到底言えない人物がいた。猿渡である。
「ちょ、ちょっと待て、なんでお前が……そんなのありかよ⁈」
彼は音楽のボリュームに負けじとギャンギャン声を張り上げる。そりゃそうだ、彼にしてみれば急遽第三者の乱入なんて許しがたいはず。それも彼がライバル視している春親が歓声を浴びていれば、文句があって当然だ。
だが、彼が春親を阻止しようと踏み出すのを、周りに居た若者達が「まぁまぁ」と抑え込んだ。皆すっかり春親のダンスに魅了されており、水を差されたくなかったのだ。
そうして春親はそのまま曲の最後までを誰に邪魔される事なく踊り切り――その結果、見事このバトルの勝者となった。
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