第42話 ハイタッチで魔法を掛けて

 そうして間奏が鳴り響く中、拓実はゆっくりとフィールドへ進み出た。と、これまで猿渡のパフォーマンスに沸いていた若者達が、懐疑的な視線になる。


 まぁ無理もない。あんなにも凄まじくド派手なダンサーの後で出てきたのが、華やかさの欠片もないアラサー男。この落差に早くも空気は白け気味だ。


 決して歓迎されていない雰囲気の中、拓実はステップを踏み始める――と、それに周囲から「はぁー?」という声が上がった。何しろ拓実のステップは誰が見ても拙く、場に気圧されているかのような、なんとも辿々しい動きだったのだ。


「おいおい、マジかよ⁈」


 一際大きな野次は猿渡の声である。だが、拓実は気にせずぎこちないステップを続けながら前進した。ブーイングの声を全身に浴びながらも進んで進んで……立ち止まったのは内巻きボブの女の子の前である。


「え、な、なに……?」


 突如目の前にやってきた下手くそダンスおじさんに、女の子は明らかに困惑していた。どうしたらいいのかわからないという様子で、キョロキョロと視線を彷徨わせる。周りも拓実の行動にざわつきながら、不審気に状況を見守っている。

 そんな中、拓実はその女の子に笑みを見せると、すっと右手を差し出した。


「せーの、って言ったら、思いっ切りタッチしてくれる?」

「え?」

「そしたら俺、うまくなるから」

「え、えぇ?」


 女の子は大いに戸惑っていたものの、拓実が「さーん、にーぃ」とカウントダウンを始めると、訳がわからないながらもやらなければという心持ちになったらしい。いざ「せーの!」と声を掛けると、勢いよく掌が打ち交わされる。


――パァン!


 そんな音が公園に響くと同時、拓実は弾かれた手の勢いに乗じ、高速でターンした。そこから、一変。


 先程まではぎこちなく繰り返していたステップを、リズムに乗り、全身で思い切り踏み始める。まるで女の子のハイタッチにより魔法が掛かったかのように、ステップに腕の動きで、首の角度で、鮮やかに色を足していく。


 決してまだ派手な動きはしていないが、これだけでも拓実が「踊れる」オッサンだと見せ付けるには十分だった。白けていた会場に一瞬で熱気が戻る。地鳴りのような歓声が湧き起こり、初夏の夜空に登っていく。


「なんだよオッサン、踊れんのかよ!」

「しかも普通にうまいじゃねぇか!」

「騙されたわー!」


 そんな笑い混じりの突っ込みが飛ぶと、拓実もホッと息を吐く。


――良かった、とりあえず楽しい雰囲気にはできたみたいだ……!


 安堵と共に改めて女の子に視線をやれば、彼女は目を丸くして拓実の事を見詰めていた。未だ何が起きたのか理解が追い付いていないらしい、が、しかしもうその顔からは、脅えの色が消えている。


――よし、いけるぞ。

 拓実はそう確信した。

――きっとあの子にも、ダンスが楽しいものだって伝えられる……!


 だって今、拓実自身がとてつもなく楽しいのだ。こんなにも恰好いい曲を、こんなにもリアクションのいいオーディエンスの前で、こんなにも思い切り踊らせてもらえるなんて。この楽しさが伝わらないなんて、絶対に有り得ない。


 そうして踊れば踊る程、拓実のテンションは上がっていった。仕事をこなし、スタジオ練習も終えてきた後だというのに、全く疲れを感じない。それどころか、身体はどんどん自由になる。考えるまでもなく振りが浮かび、それに観客から好反応が返ってくれば、調子は更に鰻上りだ。


――あぁそうだ、この感じ。


 拓実はふと思い出す。自分のダンスで会場が沸き、会場が沸く程に力が湧いて、一層良い動きになる。一体感が生み出す絶対的な万能感。これを味わえるからこそ、拓実はバトルを愛していたのだ。


 そして、もう一つ思い出す。

 拓実はこのバトルが始まる前、自らの中に戦闘のスイッチを探し、しかしどうしても見付けられなかった。その為、ブランクの内に、己の乗せ方を忘れてしまったものと思ったが……そうではなかった。そもそも拓実は現役時代から、一度だって相手を負かそうと考えた事はなかったのだ。


 今、猿渡はこの沸き立つオーディエンスの中、一人しかめっ面を見せている。拓実のダンスに対し、欠伸をしたり、馬鹿にしたようにヒラヒラと手を振ってみたり……これもまたバトルの醍醐味。相手のターンの時にはこのように、「お前のダンスは大したことない」とディスりのジェスチャーをするものだ。

 そんな猿渡に、拓実はステップを踏みながら近付いた。これにオーディエンスが俄かにざわつく。拓実が挑発行為をやり返し、一触即発の空気になると思ったのだろう。

 猿渡も表情を険しくし、掛かってこいと言うように睨んでくる。バチバチとした雰囲気に、場の緊張がグンと高まる。


 が、猿渡と対峙した拓実は挑発どころか、ニカッと全開の笑顔を見せた。そしてそのまま笑顔を絶やさず踊り続ける。剣呑なアクションは一切なく、ただ笑顔でステップを踏み続ける。


 そう、拓実はバトルに臨む時、相手を負かそうとは思わなかった。いつだって相手を楽しませてやろうと思っていた。何故かって、その方が自分が楽しいからに他ならない。

 そしてその際に効果的なのが、これだ。満面の笑みで、相手のすぐ目の前で踊ってやる。そうすると、どんなに相手が敵意を剥き出しにしていようと、最後には根負けして噴き出してしまうのだ。

 猿渡も最初こそ「なんのつもりだ?」という顔だった。この笑顔こそが挑発なのではと警戒しているかのように。


 だがその警戒ごと捻じ伏せるように、拓実は笑顔で踊り続ける。すると猿渡よりも早く拓実の意図を理解したオーディエンスが、猿渡の表情が緩みそうになる度に「おお?」「おおー?」と声を出す。そんな風に自分が笑うのを待たれているというこそばゆい状況が堪らなくなったのだろう、ついに猿渡はブハッと大きく噴き出した。


――っし、やった!


 拓実は思わずガッツポーズをする。ついでにちらりと視線をやると、内巻きボブの女の子も皆と同様、手を叩いて笑っている。

 ああ、いいぞ。いい感じだ。拓実は大満足でフィールドの中心へと戻る。この場の誰もが笑顔になり、曲も上り調子のBメロへ。ここからはもう、純粋に踊る事に専念する。


 少し切なさを感じさせるメロディには春親から盗んだバレエ的な動きを合わせてしなやかに。そこから四連のシンセサイザーの音にはそれぞれポーズを当て嵌める。次のメロディではサビに向けての期待感を高める為に敢えてメロディとのマッチを無視し、激しいロックのステップを踏む。


 そしていよいよサビに入ると、その情熱的な音に引っ張られ、拓実は持てる力全てをぶつけた。曲に合わせた早いテンポで、振りを詰めに詰め込んでいく。

 通常時ではとてもこんな風には動けない。こんな速度で振りが出てくる事もない。バトルの時だけ、アドレナリンが噴出している時限定の芸当だ。思考よりもずっと早く、身体が動いていくのである。


 このハイペースのダンスに、観客のボルテージも最高潮だ。この曲が起用されたアニメのオープニング映像、赤いボディの弐号機がナイフを構えるシーンに合わせ拓実が同じポーズを取ると、作品のファンなのだろう若者達からウォォと熱い声が上がる。

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