第41話 バトルとはこういうもの

 バトルのジャッジは、公園にたむろしていた若者達に頼む事となった。拓実と猿渡が交互に踊り、どちらの方が良かったかを彼らに決めてもらうのだ。

 集まったのは十人程だが、たったそれだけの人数でも、見られていると思うと拓実の身体は強張った。それに比べて猿渡は上がっている様子はない。それどころか、このバトルの様子も動画に収めておこうというのか、適当な若者を捕まえて撮影を依頼している。


「さて、そんじゃ始めんぞー」

 清史が号令を掛けると、即席で設定した、ただ人々が周りを取り囲んだだけのバトルフィールドにて、いよいよ拓実と猿渡は向かい合った。街灯に照らされた猿渡の顔を見詰め、拓実はじっと考える。


――これから彼を倒さなきゃいけない。

――出せる力を総結集して圧倒し、打ち負かさないと。


 そうしてバトルに相応しい、戦闘的な気持ちを作ろうとしたのだが――……どうにもうまくいかなかった。相手を倒す事について、なかなか気分が乗らないのだ。どうやら約十年ものブランクが、自分自身の乗せ方すらも忘れさせてしまったらしい。

 バトルに対し気持ちが乗らないなんて言語道断。拓実はなんとか己の中に臨戦スイッチを探そうとしたのだが、それもままならない内に。

「よし、じゃぁ先攻後攻決めるか。コイントスでいいよな?」

 清史がフィールドの中心に立ってそう尋ねる。


――嗚呼、時間切れか……


 拓実は諦めの溜息を吐く。後はもう、いざ踊り出した時の自分に賭けるしかない。そう腹を括って、清史の問いに頷いたのだが、そこで猿渡が待ったを掛けた。

「いや、コイントスの必要はねぇよ。俺が先攻やってやるから」

「え、いいの?」

 拓実がきょとんとして問うと、彼は馬鹿にしたような笑みを浮かべて頷いた。

「おぉよ。だってオッサンは、じっくり曲聴いて振り考えられる方がいいだろ? そんくらいのハンデはやらねぇと、勝負にならねぇだろうからよ!」

「――あ?」

 途端、清史の隣に控えていた春親が不穏な空気を醸し出した。彼は本当に、拓実が馬鹿にされるのが許せないらしい……が、これだけ人目のある状況でキレられては大変だと、拓実は慌てて春親を押し退ける。

「あぁ、うん助かる! それじゃぁお言葉に甘えて後攻にさせてもらおうかな!」

 まぁ後攻は後攻で、先攻と似た動きを避けなければという不利な点も出てくるが、今の拓実には猿渡の言う通り、様子見の時間がある方が有難い。


「よし、じゃぁサルが先攻、タックが後攻な。オーディエンス沸かせた方が勝ちって事で」

 清史はそうまとめると、手元のスマホを操作した。そしてランダム再生の結果流れ出したのは、ゆっくりとした、だが力強い女性ボーカル。その一瞬で拓実はハッとし、若者達も「おぉっ」と沸く。

 それは少年少女が正体不明の敵を相手に戦闘する、某超有名人気アニメのオープニングテーマ曲だ。テレビ放映を行っていたのはもう三十年近く前なのだが、現在でも十代・二十代のカラオケランキングで上位に入ってくるモンスター級人気曲である。最初の一音が流れただけで、誰もが曲を認識する。拓実も、そして勿論猿渡もだ。


 ダンスバトルは、流れた曲を知っている方が圧倒的に有利になる。曲の構成や歌詞等がわかっていれば、それだけ音楽にマッチした振りが付けやすいからだ。その条件において、拓実と猿渡はきっと互角。となれば後は、純粋にどう動くかの勝負である。


 女性ボーカルがサビの一節を歌い終えると、曲はテンポアップした。ボーカルが歌った一節をシンセサイザーでなぞるイントロ。猿渡はそこから勢いよくフィールドの中心へ踊り出る。そして軽くステップを踏んだかと思うと――

「……っ」

 拓実は思わず息を呑む。猿渡が挨拶がわりに披露したアクロバット技、ツインバタフライ――空中で横になった体勢で捻りを加えて回るもの――の完成度が、余りに素晴らしかった為だ。


 圧倒されたのは拓実だけじゃない。ジャッジとして集められた若者達も同様だ。この時まで彼らは、どの程度の勝負が行われるのかを理解していなかった。故に何処か生温い空気感で観戦していたのだが、猿渡の跳躍は彼らを一瞬で引き込んだ。何やらこれから凄い事が起きるようだと、皆の気持ちが前のめる。


 そこから緩やかなメロに入っても、猿渡は惜しみなくアクロバティックに動き回った。その身軽さは見た目にも名前にも増して孫悟空を思わせる。

 身軽で、豪快で、華やかで。

 跳躍の度にオーディエンスは熱を増し、拓実もぐんぐん引き込まれる。さすが、子供の頃からバトルに出ていたというだけあって、彼もかなりの実力者だ。


 そんな猿渡のバトルスタイルには、圧倒的な身軽さの他、もう一つの特徴があった。それは〝挑発〟のバリエーションが豊かだという事だ。

 彼はダンスの合間合間で、拓実に向かい蹴り掛かったり銃を撃つようなアクションを繰り返す。眼前にスニーカーの底が見えたり拳が飛んできたりするのはなかなかに物騒で、普通ならば慄いてしまうところだが――……

 しかし拓実はこの物騒さに、次第に高揚を覚え始めた。


――あぁそう、これこれ。バトルってこういう感じだったよなぁ……


 相手の気迫がバチバチと伝わって、ともすれば一触即発。それこそが拓実の経験してきたダンスバトルなのだ。

 猿渡から煽られる程、当時の感覚が蘇る。

 緊張で硬くなっていた身体の奥、徐々に血が湧き立っていく。

 早く自分も動いてみたいと、このオーディエンスを自分のダンスで沸かせたいと、そんな欲すら湧いてくる。

 だって、こんなにも皆が楽しそうにしているのに、縮こまってはいられない。誰もが熱狂して、歓声を上げて、笑顔になって──……と、フィールドを囲む若者達の顔に目線を巡らせていた拓実だが。


 ふと、一人の女の子に目を留めた。


 それは内巻きボブの、おしゃれだが大人しそうな印象を受ける女の子だ。彼女は周囲の盛り上がりの中、一人表情を強張らせて猿渡のダンスを見詰めている。

――あ、もしかしてあの子、賑やかなのが嫌いなのかな。だとしたら、巻き込んで不快な思いをさせちゃったかも……

 そう考えた拓実だが、しかし、やがて気が付いた。猿渡が挑発的なアクションを取る度に、彼女の肩が小さく跳ねている事に。


――あ、これは。


 拓実はそこで理解する。


――不快なんじゃなくて、怖がってるんだ……


 どうやら彼女は、猿渡の挑発行為が喧嘩に発展するんじゃないかと、不安を抱いているらしい。


 だが、バトルにおいて挑発は当然の事であり、謂わば文化だ。そもそもダンスバトルとは、ギャングの抗争から銃を排して決着を付ける為に用いられたものだとも言われている。そんな起源を持つのだから、物騒なのが前提なのだ。

 しかし挑発はOKでも、相手の身体に触れる事は基本的に厳禁である。だからバトルから暴力沙汰に発展する事は滅多にない、が、見慣れない者からすれば、あからさまな敵意をぶつける挑発行為は不安にさせてしまうかもしれない。このままだとあの子の中、ダンスは怖いものだという位置付けになってしまうかも……


「――っ」


 そんな考えが過ると、拓実は強い焦燥に見舞われた。

 だって、違う。ダンスは楽しいものなのだ。いや、楽しいだけじゃない、恰好良かったり綺麗だったり、時には強く心を揺さぶる程の感動を齎したり……少なくとも怖いなんて思われるようなものじゃない。それをあの子にも伝えたい。が、その為にはどうするべきか……


 そう考えている内に、最高潮に盛り上がるサビが終わった。ダイナミックなアクロバット技を何度も決め観客を大いに沸かせた猿渡は、最後にビシッと拓実を指差す。


――次はテメェだ、やってみな。


 言外の挑戦的なメッセージが伝わって、拓実もそれに全力で応えねばと思う、が、最早勝敗は二の次になっていた。今はそれよりも、やらねばならない事がある。そんな使命感に駆られると、未だ身体に残っていた緊張も全て綺麗に霧散した。腹の底、グッと強い覚悟が決まる。

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