第36話 敵の多い男

 ◆◇◆


「えっ? か、絡まれた⁉」

 メンバー揃ってのスタジオ練習。ストレッチの合間に語られた春親の話に、拓実は素っ頓狂な声を出した。

「それって大丈夫だったのか⁉ 怪我とかしてない⁉ 警察沙汰になったりとかは……」

「や、ないない。周りにめっちゃ人居たし、それに相手もキヨが来たらすぐ引いたから」

「あぁ、そうか……」


 拓実は前のめりになっていた身体を戻し、大きく安堵の息を吐いた。

「それなら良かった……や、俺の時代はギラギラしてる奴が多かったからさ、ダンサー同士で流血沙汰の喧嘩とかもたまにあって」

「うわ何それ。そんなエグい喧嘩なんかしないって」

「いやーそうは言っても、相手がどう出るかわからないだろ?……というか、そもそもなんで絡まれたんだ?」

「あー……なんでだっけ?」


 こんな時でも実にマイペースな春親である。彼に代わり、呆れ顔の清史が説明を引き受ける。

「まぁ要するに、やっかみだ。前も言ったけどコイツは敵が多いからな、顔で評価されてるって難癖付けられる事が未だにあんだわ。んでバトル相手に逆恨みされて……今回もそのパターン」

「あー、そりゃまた困った話だな……まぁでも、本当に綺麗な顔だもんなぁ」

 拓実はマジマジと春親の顔を眺めやる。と、それに気付いた途端、春親は被っていたキャップのツバをぐいと引き下げ顔を隠した。

 春親は拓実に対し、自分からはぐいぐいと近寄って来る癖に、拓実の方からアクションを起こすとこうなのである。どうやら相当に「タック」への憧れを拗らせているらしい。


「つぅか、タックはそういうの無かったのかよ。あんだけ連勝してたってのも、やっかむ奴がいそうだけど」

「え、俺?」

 清史の問いに、拓実は絶対王者時代の記憶を浚ってみた。春親のようにやっかみのエピソードがあったかどうか――だが。

「うーん、俺はそういうのってなかったかもなぁ……最初はバチバチされたとしても、いつの間にかそういう奴とも仲良くなってたっていうか……」

「あーそれめっちゃ想像できるわ。あんたってホント、実力も実績もあんのに一切嫌味がなかったし。柄悪い相手と対戦しても、その後でヘーキで声掛けるしなぁ」

 訳知り顔で語る清史は、当時のダンスバトルの動画を片っ端から観ていたらしい。それ故に拓実のバトルでの振る舞いまでもよくよく知っているのだとか。


「あんな風に楽しげに声掛けられてさ、その上ダンスもべた褒めされたら誰だって毒気抜かれるよね。マジでタックって友達百人できてそうだったもん」

 春親もそんな事を言い出すので、拓実はなんだか照れ臭くなりぽりぽりと頭を掻く。

「あーまぁ……百人は言い過ぎだけど、誰とでも友達になってたのは確かだな。ダンスやってる奴にはそれだけで仲間意識出ちゃうっていうか……俺は子供の頃、ずっと一人でやってたから」

「え、そうなの? タック、一人でやってたの?」

 春親は目を丸くする。

「なんか意外……あんたって昔から大勢と踊ってたのかと思ってたわ」

「いやいや、俺が子供の頃は、今程ダンスが流行してなかったから。俺の通える範囲にはスクールもなかったし……だからダンスやってる奴見ると、仲間に会えたーって嬉しくなっちゃうんだよな。だから俺からすると、やっかみだのなんだのって勿体ない。折角だから一緒にやった方が絶対いいのに。その方が互いに高め合えるだろ?」

 拓実はそう言うのだが、清史は難しい顔になる。

「そりゃ当然そうなんだけどな……でもまず春親が興味の無い相手に対して徹底的に塩だから、まぁ敵も増えるだろって話なんだわ。特にサルが相手の時なんて……」

「いや、アイツの場合は俺絶対悪くないから! つかあんなしつこくされたら誰だって塩になって当然だって!」

 春親はそう反論するのだが、拓実は付いて行けなかった。“サル”というのは一体誰の事なのか……と思っていると、清史が説明してくれた。


「サルってのは、猿渡さるわたりって奴の事だよ。俺らとタメで、そいつもガキの頃からバトルの大会に出てたんだけどな。初めて俺らとバトルした時、そいつ、自分のダンスを見せてぇからって応援に女子を呼んでたんだわ。けど女子が春親に惚れちゃったモンだから」

「それから顔合わせる度にうるっせーの……」

 春親は心底面倒臭そうに呟いた。


「俺、誰にも色目とか使った事ねーよ。ただ普通にしてるだけなのに女が勝手に騒ぎ出して、それで男に恨まれんの。そん中でもサルはマジで酷くて、バトルの度に敵意剥き出しで突っかかってくんだもん。相手すんのも嫌になんじゃん」

「しかもサルってアホだから、狙ってる女子を懲りずに連れてくんだよな。春親を負かすところを見せ付けて自分の株上げようって腹みてぇだけど、女子は漏れなく春親に惚れちゃうわ、バトルにも負けるわでさ。そんで益々春親を目の敵にしてんだわ」

「はぁー、それはまた大変だな……」


 拓実は同情の目で春親を見やる。が、そのサルという人物の気持ちもわかる気がした。「勝手に女が騒ぎ出す」なんて言われたら、非モテの人間は歯噛みせずにはいられない。

 だが春親にしてみれば、モテるというのは本当に迷惑でしかないのだろう、それ故にバトルの結果に難癖を付けられているのだから。その上毎度絡まれているのでは、辟易するのも無理はない。


――もしかしたらダンスジャンクでも、そういう場面があるのかも……


 拓実はふとそんな事を考える。だとすれば自分も、しっかりフォローに回らねば。何せ自分は年上だし、春親は大事なチームメイトだ。自分が彼を守ってやらねば……と、そんな決意を固めるが。

 “そういう場面”は、思っていたよりずっと早くやってきた。

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