第27話 春親の実力

「おい、お前なぁ」

 清史がぐいと春親の首根っこを掴み、拓実の上から立ち退かせた。

「タックに負担掛けんじゃねぇよ。今一通りストレッチから筋トレから終わらせて疲れ切ってんだから」

「あ、マジか、ごめんタック……って、もうそんなに終わってんの?」

「そりゃお前が遅過ぎんだよ。あと練習できんの一時間半しかねぇだろが」

 清史が呆れて言うと、春親は初めて時間に気付いたのか、「うわやばいじゃん」と呟いた。

「折角タックと練習できんのに、ゆっくりしてたら勿体ねぇわ。ねぇキヨ、なんか適当に音掛けてよ」

 そう言ってシューズを履くとそのまま鏡前に立つので、拓実は慌てて止めに入った。

「って、待った待った! キミもまずストレッチしないと……アップをサボると怪我するかもしれないから!」

「あ、へーき。ストレッチなら髪染まんの待ってる間にやったから」

「えっ」

 その返答に拓実は面食らう。だって美容室の客が急にストレッチなんて始めたら――それもダンス前にするストレッチといったら相当入念なものだろうに――周囲の人はきっとギョッとしたはずだ。兄貴肌の清史とは対象的に、こちらは随分マイペースであるらしい。


 だが清史は春親の突拍子もない行動に慣れているのか、特にコメントは寄越さなかった。それよりも練習が優先だと、彼はすいすいとスマホを操作し、アップテンポの洋楽を選び出す。ブルートゥースで繋がったスピーカーからその曲が流れると、春親は着替えもせずに踊り始め――その僅か数秒後。


「――っ」


 拓実は呼吸をするのを忘れてしまった。

 息を止め、目を瞠り、ただ春親に釘付けになる。

 それ程までに、彼のダンスが圧倒的だったのだ。

 上手い人というのは、ほんの少し動きを見ればわかるものだが、彼は、上手い。都内のダンスバトルに粗方優勝したというだけの事はあり、身体の使い方もリズム感も、表現までもが秀逸だ。

 ダイナミックなパーカッションに力強いステップで対応し、流麗なメロディが流れれば水のようにしなやかに腕を振るう。細かい効果音にも逐一反応し関節の角度を変えていく。そのなんと見事な事か。完璧に、音を掴んで踊っている。

 拓実は目の前の光景に圧倒された。春親が踊り始めてからまだほんの数秒だが、何度心臓がキュンとしたかわからない。


 彼のダンスは音楽と完全に調和して、怖い程に拓実の琴線に触れてきた。動きの全てが洗練されて美しく、しかし女性的なわけでもない。性別を超越し、人の身体が持つ美の可能性を知らしめてくるような踊り方だ。

 気が付いたら、拓実は自らの胸を押さえていた。そうしていなければ、高鳴り過ぎた心臓が飛び出してきてしまいそうだ。

 あぁ、すごい、すごい。こんなにも素晴らしいダンサーと出会えるなんて。

 毎秒与えられる刺激に眩暈がする程感激し――……だが、次の瞬間。

 ヒュ、と落下するような感覚に見舞われた。

 やけに動悸が速くなり、そわそわとして落ち着かない。

 春親を見ているのが次第に辛くなってくる。

 それは自分が春親の、それこそ髪型を寄せてくる程に強烈な憧れを、徹底的に裏切ってしまう気がしたからだ。

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