第26話 春親の熱烈リスペクト
「でも、なんだって彼はあんなに熱烈なんだ? キミらとバトルしたのは一回だけだし、それもかなり昔だろ? それなのにずっと俺に思い入れを持ってるなんて……」
そうまでダンサーとしての自分を心に留めてもらえるのは嬉しいが、しかしわからない。何がそこまで春親に刺さったのか……と、清史はいよいよ自分の練習に入りながら答えた。
「なんだ、自覚ねぇの? 自分がどんだけやばかったか……実力もフロアの盛り上げ方も段違いだったし、リスペクトして当然だろ」
「うーん……でも今じゃ俺の現役の頃より、日本のダンスレベルってずっと上がってるだろ? 俺より上手い人にはキミらも散々出会ってるだろうし……それなのに春親くんがどうして俺に、あんなにも強烈に憧れ続けてくれてたのか……」
「あー、まぁ確かにこの何年かで、日本のレベルって上がったわな。ダンス人口もすげぇ増えたし……けど、俺らの評価基準ではあんたのダンスが絶対なんだよ。ってマジで自分で自分の凄さわかんねぇの?」
清史は少しばかり呆れたような顔をするが、すぐに「まぁそれがあんたらしさか」と納得した。それから改めて春親の話に立ち返る。
「まぁでも、春親の思い入れは憧れだからってだけじゃねぇか。アイツにはちょっと事情があんだよな」
清史は「ヨッ」という声と共に、片腕のみ肘をついて倒立するエルボーフリーズという技を決めながらそう言った。どうやら彼はブレイキンの名手のようだ。次々と決めていく技の、なんと多彩かつ華麗な事か。しかも技を繰り出しながらも、平然と話し続けるのだから恐れ入る。
「ほら、アイツってあの顔だろ。だから昔から敵を作りやすいんだわ。特に思春期になった頃は、女がキャーキャー騒ぐ分やっかみが多くて……アイツとまともに付き合ってたのなんて俺くらいだったよ。で、本人は滅茶苦茶マイペースだからな。嫌味言われてんのをスルーすんのもザラだから、余計に相手を煽っちまう」
その為に春親は、ダンサーとしての評判が悪くなった。どんなにいいダンスをしても、やっかんだ連中から、顔がいいから見栄えがするだけだと言われるようになったのだと。
「えぇ……それはかなり、悲しいなぁ……」
拓実は神妙な顔でそう漏らす。
拓実は所謂フツメンに分類される顔の為、イケメンの苦労というものはわからない。
だがダンスをする者としては、春親の悔しさが手に取るようによくわかった。どんなにスキルを磨いても顔のお陰だなんて言われたら。どれだけ虚しく、腹が立った事だろう。
確かにダンスは視覚に訴えるもの故、顔やスタイルが良い方が見る者の心を強く捉える事もある。が、しかしやはり何よりも物を言うのは、その人が積んできた技術なのだ。それを無かった事にされたりしたら。
春親の悔しさを想像すると、表情が曇る。自分はダンスを通じて沢山の仲間ができたが、春親にはそうじゃなかったのか……
「って、あんま暗い顔すんなよ、この話のメインはそこじゃねぇから」
清史はひらひらと手を振って話を続ける。
「ンでさすがに春親も参ってた時に、俺がバトルに誘ったんだよ。気晴らしにでもなればと思って……で、そこで対戦したあんたが、俺らのダンスを褒めてくれた。まぁあんたって、バトルした相手には必ずいい感想伝えてたみたいだからな、俺らだけが特別ってわけじゃなかったんだろうけど……」
清史は少しばかり苦笑しながら言う。だがそこに自嘲の色はなく、当時を懐かしむような笑みである。
「それでも俺らは、すげぇダンサーから手放しで褒められて嬉しかった。特にアイツは、見た目抜きに純粋にスキルを褒められたのが救いだったんだよ。自分にはちゃんと実力があるって、また信じられるようになったんだからな。ダンサーとしての爆デカの尊敬に救済まで乗っかったら、そりゃ情熱的にもなるって事」
「はぁー成程……」
拓実は大きく頷いた。確かに正当な評価を受けられずに悩んでいれば、実力を認めてくれた人間に執心するのもわかる。全く無意識の行動だったが、それで一人の少年を救えたのならグッジョブだったとも思う……が。
――ならそれって、フィルターなんじゃないのかなぁ……
拓実はそう考えた。春親が自分に憧れているのは、実力によるところではないのでは。幼い憧れと救済による思い入れが、拓実のダンスを美化して見せているのではなかろうか……と、そこでふと。
「あれ、そう言えばその春親くんはまだなのかな。ちょっと遅すぎるような気がするけど……」
拓実は鏡の上に設置された時計を見やる。もうスタジオの予約時間から三十分は経とうというのに、春親は未だ現れていないのだ。用事の為に遅れるらしいとは聞いていたが……
「もしかして何かあったのかな……」
そんな考えが浮かぶのは、つい最近狩谷が事故にあった所為だ。心配になって呟くと、スマホを覗き込んだ清史が首を振った。
「いや、少し前に連絡来てたわ。そろそろ着くって――」
そう言い終わらない内に、スタジオのインターホンが鳴った。ああ良かった、噂をすれば御到着らしい。
「はいはい、今開けまーす!」
スタジオは防音なので外には聞こえないのだが、拓実は言いながらドアへと向かった。そうして開錠ボタンを押し、春親を迎えてやろうとしたのだが。
「えっ……あ、あれっ⁉」
思わず驚きの声が出た。そこに居たのは想定していた金髪男子ではなく、黒髪ツーブロック男子だったのだ。
――んん、誰だこれは?
拓実は目を瞬く。もしや別スタジオの子が間違えてインターホンを押したのだろうか。予約したスタジオを間違えてインターホンを押してしまうのはたまに起きる事だが……と、考えていたところへ。
「タック!」
「え――ぅわぁっ」
ツーブロ男子は満面の笑みを浮かべ、物凄い勢いで飛び着いてきた。突如の奇襲に踏ん張りが効かず、拓実はフロアへ強か背中を打ち付ける――って、なんだこの展開は⁉
何が何やらわからずに目を白黒させるのだが、しかしハッと思い出す。ここ最近、同じような事を何度か味わったような気がする。この大胆な飛び付き、それに「タック」という呼び方。
そして何より、ツーブロ男子の顔面は物凄く整っていたような……
「――え、もしかして、春親くん⁉」
問い掛けると、拓実に圧し掛かっていたツーブロ男子こと春親がガバリと上体を起こし。
「ねぇ見て、この頭! タックと同じ黒の短髪にしたくてさ、やってもらった!」
「え、えぇ⁈ 俺と同じにって……本気で⁉」
拓実は素っ頓狂な声を出す。数日前まで春親の髪は後ろで一つに括れる長さの金髪だった。それが今やばっさりと短くなり、色も真っ黒。数日前とは別人のようになっている。
ここまで変えるとなると男でもかなりの思い切りが必要だと思うのだが……その変貌の理由が、自分と同じにしたいからだと? 春親の思い入れの強さに拓実は圧倒されてしまうが――……いや、待てよ。
「え、あの……確かに黒いし短くはなってるけど、ちょっとこれは……仕上がりが違い過ぎないか? キミの髪型、俺とは比べ物にならない程洒落てるんだけど……」
拓実の髪型は清潔感と機能性だけを重視した、なんの捻りもない短髪である。元々お洒落に疎いというのもあるし、勤め人はチャラチャラする必要はないという狩谷の教えもあって、長年この髪型に落ち着いている。
それに比べ、春親の髪は全然違った。顔周りの髪は少しパーマ掛かって長く残され、彼の綺麗な顔に一層の雰囲気を持たせている。が、襟足はすっきりと刈り込まれ、エッジの効いた印象だ。その如何にも今時の若者という仕上がりは、拓実とは似ても似つかない。
「あー……やっぱそうかぁ」
拓実の指摘に、春親は気落ちしたような顔をした。
「俺も思ったんだよね、これじゃ全然タックっぽくないって。でも黒の短髪って言ったらこうされてさ。写真も見せて説明したのに、俺にはこの方が似合うからって姉ちゃん直してくんなくて」
春親曰く、髪を切ってくれた美容師は彼の姉だという事だ。いつも彼の髪は姉が切っているらしい。そして直近で予約を取れたのが、このスタジオ練習の日であった。春親としては遅刻したくなかったが、しかし再度拓実に会うまでに髪型を御揃いにしたいという想いも強く、泣く泣くこのタイミングで予約をしたが。
「結局全然理想と違ぇし……けどやり直してって交渉してると遅くなりそうだったから、今日は折れる事にしたんだよね。少なくともこれまでよりはタックに近付いたしまぁいいかって」
春親は前髪を一房摘まみ、新しい色を見詰めて目を細めた。その表情から、言動から、拓実は思い知らされる。これは。この子は。
――ここまで俺に憧れてるのか……
その真摯で真っ直ぐなリスペクトに、思わず息を呑んだところへ。
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