第23話 実はしごできな後輩達



「――まぁつまり、みんな狩谷さんの前では省エネしてたって事ですよね」

 狩谷不在となってから三営業日目の昼休み。共に昼食に出た沢田が言った。

「省エネ?」

 近隣の勤め人が一斉に集まって来るこの時間、うどんチェーンの店内は騒がしく、少し声が聞き取り辛い。故に拓実は「省エネ」という言葉を聞き間違いかと思ったのだが、沢田は自らのうどんに七味唐辛子を大量に振り掛けながら頷いた。

「そ、省エネっス。要するにうちのメンバーって、実は結構優秀だったって事っスよ。皆基本地頭いいし、学生時代はバイトリーダーとかやってたし」

「え、そうなのか⁉」

 初めて聞いた情報に驚き、拓実は箸から磯部揚げを取り落とした。


 バイトリーダーを務める人間というのは、拓実の中では相当に出来る奴という位置付けだ。何しろそれには、状況を見る視野の広さ、あらゆる問題に対処する冷静さや柔軟さ、そしてスタッフや客とのコミュニケーション能力だって求められる。それを学生時代に担っていたような人材なら、どんな職場でもかなりの活躍ができるはずだが……


「え、でも、皆その能力を発揮してないよな? 狩谷さん、皆の事を出来ない奴だって思ってるぞ? 仕事に対して消極的っていうか、やる気がないって言うか……」

「あー、そこがもう認識の相違が起きてんスよね。俺ら別に、仕事にやる気なくないっス。確かに残業はしたがらないけど、サボってるわけじゃない。だって皆、必要な事はちゃんとこなしてるでしょ?」

「それは……まぁ、そうだけど……」


 頷きつつも、拓実は少し考え込む。狩谷に言わせれば必要な事をするのは当然で、それ以上にどれだけ会社に貢献するかがやる気の有無のパラメーターだ。そんな教えの元、業務時間外でも仕事に励んできた拓実なのだが……後輩達は後輩達なりに、やる気がある、と? 半信半疑の拓実に、沢田は「あ、疑ってます?」と顔を顰めた。

「これマジっスよ。俺ら、世間の平均並みには仕事に対して意欲あるんス。けど狩谷さんがいると、それも発揮し辛いんスよね。例えば下手に電話取ると、声の抑揚とか小さい事で怒られるし。何か報告しようにも、どうでもいいようなマナーってのを長々注意されるじゃないスか。だから事前確認が長引いて、結果的に報告も遅れるし……」

「あ、それってそういう理由だったのか⁉」

 狩谷はいつも、皆が電話を取りたがらなかったり報告が遅かったりする事に対して怒っていた。が、その原因が狩谷自身にあったとは……。


「本当はね、皆、何気結構できるんスよ。狩谷さんの求めるめちゃ高な水準には付き合いきれないけど、それぞれに色々考えて工夫もしてるし」

「でも、それが表立って見えてこないのは……」

「狩谷さんの拘りが強すぎるからッスね。俺らが何か案出しても通らないし、変に目立った事するとどっかしらケチ付けて怒られるし? そういうのが嫌で省エネになったっつか。皆、最低限の事しかやりたがらなくなったんスよ」

「え、えぇ……」

 この話に、拓実は思わず口元を押さえた。

 だって今の話が本当なら、狩谷の認識とは大きく違い……

「もしかしてうちの班って、とんでもない宝の持ち腐れ状態だったって事か……?」

 目から鱗でそう呟く。これまで拓実は、狩谷の話しか聞いてこなかった。そして狩谷の見立ては正しいものと、彼の言う通り後輩達はやる気がないと思ってきたが……そういう事ではなかったのかも。


 急に全く違う世界が見えたようで混乱する中、沢田はズズとうどんを啜り、それを飲み下してから言った。

「まぁでも、強烈な司令塔がいるチームって個々の能力が死ぬモンっスわ。お陰様で俺らは息苦しい毎日でしたね、言いたい事も言えないし、それなりに働いてんのに駄目社員扱いだし……ぶっちゃけ狩谷さんが入院になって、精神負荷めっちゃ減りましたもん」

「あ、コラ! そんな不謹慎な事言うもんじゃない」

 拓実はすかさず注意するが、沢田は「だって本当の事ですしぃ」と口を尖らせた。

「とにかくあの人の下では、率先して何かしようって気にならないんスよ。頑張っても何も認めてもらえねぇし……ああそこんトコ、砂川さんは違いますよね。俺らが何かすればちゃんと労いの言葉掛けてくれるし、ちょっとした事でも褒めてくれるし。つか俺らいつも話してるんスよね、砂川さんが班長だったらいいのにって」

「えっ――えぇ⁉」

 沢田の言葉に拓実は心底仰天し、そんな馬鹿な話があるかと考えて――……だが、ついつい、嬉しいと思ってしまった。


 だって狩谷からは駄目だ駄目だと言われているような自分が、まさか後輩からはそんな風に評価されていたなんて……と、浮き足立ちかけるのを、拓実は慌てて戒める。

 違う違う、これは喜ぶ場面じゃない。狩谷からいつも言われているじゃないか、お前は後輩達に舐められている、いい様に使われているのだと。

 だから沢田の今の言葉も、別に仕事ぶりを評価されたわけではない。狩谷より拓実の方がずっと気楽だと言われただけだ。真に受けて喜ぶべきじゃない……そう自らを落ち着かせると、拓実は大きく咳払いし。

「あのな、俺に班長なんて務まるわけないだろ。それに狩谷さんについて、皆大きく誤解してるぞ。まぁ昔気質なのは確かだし、皆みたいな若い層は付いていけないかもしれないけど……あの人はいい人だよ。俺が今ここにいるのも、狩谷さんのお陰なんだから」


 そう、拓実は狩谷に大きな恩義を感じている。拓実は狩谷がいなかったら、この会社に就職できていなかったのだ。

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