第21話 チームの始まり
「……帰るか」
拓実はぽつりと呟いた。きっとあの若者達は来ないだろう。だって来る理由がない。それなのにいつまでもこんな所で待っているなんて、期待しているみたいじゃないか。それこそ痛い。みっともない。
拓実は自らの未練を断ち切るべく、腰を上げた。そして愚かな夢を見た己を省みながら、とぼとぼと駅へ向かう。そもそも今更ダンスなんて、現実的じゃなかったのだ。今の自分はやるべきは、仕事、仕事、仕事――と、そこで。
拓実はふと足を止めた。
池袋駅の方から、二つの人影が走ってくるのが見えたのだ。
カラオケや飲食店の派手に光る看板を背にした姿はよく見えない。だがそれでも、少し伸びた金の髪と特徴的なドレッド頭は見て取れた。いや、もしそれすら見えなかったとしても、拓実には彼らの事がわかっただろう。何しろ彼らは大声で、「タック!」「タックいた!」と叫びながら走るのだから。
「え……キミら、なんで……」
まだ相手とは距離がある中、拓実は思わず声を漏らす。いや、なんでも何も呼び出したのは自分なのだが、しかし俄かには信じられない。まさか来てくれるなんて……と、彼らは一直線に拓実の元へと駆け寄ってくると、その勢いのままに。
「ねぇ何何さっきのダンス! あれって即興でやったわけ⁉」
「ブランクあるとか言ってた癖に、アイディア全然錆びてねぇじゃん!」
「いやガチでそれ! つか何あのターン、めっちゃくちゃにクールじゃね⁉」
「つかリズム取りだけでクールさが出落ちなんだわ!」
「へ?……で、出落ち?」
その言葉のチョイスに拓実は戸惑ったが、しかし彼らのテンションからして、どうやら誉め言葉であるらしい。恐らくはのっけから最高潮的な意味合いなのだろうが……なんにせよ拓実は驚かされた。
この場に彼らが現れた事もそうだが、先程のダンスをこんなにも称賛されるなんて全くの予想外だったのだ。自分としては全然駄目だったとしか思えないのに……いや、もしかしたらお世辞を言っているだけか? そう過るが、しかしすぐに打ち消す。彼らの興奮した様子を見れば、心底の言葉を語っているのは明らかだ。
「ね、てか俺らの事呼び出したのって、チーム組んでくれるって事⁉ だよね⁉」
「つかこの状況で他の用事だっつぅなら、マジでやってらんねぇんだけど!」
春親と清史は勢い込んで尋ねてくる。その期待に満ちた目に、拓実はかなりたじろいだ。何しろたった数分前、自分が如何に年齢にそぐわない、痛い事をしているかを悟ったばかりだ。それに現役時代に比べ、思った以上に自分自身が錆び付いている。春親と清史は褒めてくれたが、己の至らなさは自分自身が誰よりもよくわかる。それなのに、頷いていいものか。やっても恥を掻くだけでは。そんな弱気が渦を巻いたが――
――いや、でも。
拓実はぐっと拳を握った。
思うところは色々あるが、結局は欲が勝つ。拓実はやはり、踊りたいのだ。現状の実力に落胆もしたものの、しかし全力で踊るのはこの上なく楽しかった。そこには会社勤めを始めて以降感じる事のなかった、大いなる喜びがあったのだ。
それにこうして駆け付けてくれた二人に対し、〝やっぱり無し〟なんて言えはしない。彼らの期待を踏みにじるような事はしたくない。
拓実は及び腰になっていた姿勢を正すと、しっかりと二人の顔を見返して。
「ええと、まずは急な呼び出しなのに、来てくれてありがとう。実は仕事の状況が変わったんだ。それでこの先二カ月くらいは、就業後の時間が取れるようになった」
「っ! じゃぁ……」
「ああ。もし三人目がまだ決まっていないようなら、改めて、キミらのチームに入れて欲しい」
そう言ってみた後で、拓実は少しばかり気恥ずかしくなった。「仲間に入れて」なんて台詞を三十を過ぎて言うなんて、年甲斐のない青春ごっこだ。
だが、そんな恥ずかしさは春親の飛び付くようなハグの衝撃で吹き飛ばされた。
「やぁぁったぁーーーー! マジでタックと組めんだ俺ら! やばい何これ夢かもしんねぇ!」
春親は一度身体を離し、「夢じゃないよね⁉ あんた確かに此処にいるよね⁉」と確かめて、それからまた飛び付いてくる。それも今度は両脚を拓実の腰に巻き付けるようにして。
「ちょ、重ぉっ!」
拓実は思わず悲鳴を上げる。だが興奮状態の春親が離れてくれる事はない。拓実は清史に助けを求めようとしたのだが、その清史は何故かスマホに目を落としていた。
――えぇ、この状況でスマホって……!
拓実が困惑していると、清史は「っし、完了!」と声を上げ、スマホの画面をこちらへ向けた。そこに映し出された文字は。
「〝受付完了〟……って、もしかしてもうエントリー終わらせたのか⁉」
「おぅよ、タックの気が変わらねぇ内にな!」
清史は口角をニッと上げてそう告げる。これに拓実は笑ってしまった。こちらもこちらで春親に負けず劣らず、本当に自分と組みたがってくれていたのだとわかったからだ。
「あ、でも……キミらこそ簡単に決めていいのか? 俺は相当なブランクあるし、現在のダンサー達にどこまで通用するかわからないぞ?」
拓実はそう前置くのだが、春親がぴょんと離れて笑い飛ばした。
「何言ってんの、タックならなんも心配ないって! 優勝確約も同然だから!」
「だな、こりゃもう勝ち確だ。さっきのダンスであんたがセンスなくしてねぇのはわかったし……それにブランクについても心配ねぇよ」
「へ? なんで?」
「そりゃ勿論、俺がきっちり身体作りの指導してやるからな」
「えっ――」
と、これには少しばかり恐怖を覚えた拓実である。何しろ清史はかなりガタイがよろしいのだ。彼に鍛えられるとなると、相当に厳しいメニューになるのではなかろうか。運動不足となった今の自分に、果たして付いていけるのか……?
だが、いざバトルへの出場を決めたからには厳しい練習もこなさなければならないだろうと腹を括った。自分が足を引っ張るのでは、チームメイトとなる彼らに申し訳ないじゃないか。
それに何より、折角得た機会だ。きっと人生で最後となる大会出場。ならば己の全てをぶつけたい。怪我によりなんの心構えもないままに幕を閉じたダンス人生、その未練をここで燃やし尽くしたい。
その為にこれからの二カ月、全身全霊で取り組もう。そうして今の自分にできる最高のパフォーマンスをしてやるのだ。
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