第20話 自己嫌悪が止まらない

 ◆◇◆


 池袋西口公園は、だだっ広く整然とした空間だ。その名の通り、池袋駅の西口を出てすぐのところに位置している。子どもの好むような遊具があるわけではないので「公園」というよりも「広場」という感じの場所である。


 その一画、アーティスティックな形の街灯に照らされたベンチに座り、拓実はすっかり項垂れていた。久々の全力ダンスが想像以上に堪えたというのもあるが、それ以上に、どうしようもない自己嫌悪に襲われていたのだ。


 あの若者達に届けるならば、ダンスを嗜む者のSNSアカウントから発信してもらうのが良いだろうと考えた。そして少しでも目に留まり拡散もされやすいよう、それなりのクオリティのダンス動画も付いていた方が良いだろうと。


 だが少し頭が冷えてくると、自分が如何に突拍子の無い、大人げない事をしたかがわかってくる。まさか三十を超えて、公園でゲリラ的に踊るなんて。近くでダンスの練習をしていた若者達が拡散に協力してくれたが、彼らからしてみても不審に映ったに違いない。


――というかこれって、狩谷さんだったら絶対白い目で見るだろうな……


 拓実の脳裏に、上司の侮蔑の表情が浮かぶ。彼はいい大人が年甲斐もなく浮ついた事をするのに酷く否定的なのだ。特に素人が自ら何かを発信するような行為には、過剰に嫌悪感を示す。


『プロでもないのに絵描いたり、音楽だのやってみたり、後はなんだ……配信だのなんだの? いい歳こいてああいうのって痛ぇんだよなぁ。〝何者かになりたい〟だかなんだか知らねぇけど、いつまでも地に足が着いてなくて、みっともねぇ』


 飲みの席で、狩谷は度々そんな批判を口にした。彼は昨今の、動画サイトやSNS等で素人が自己発信する風潮が好きではないのだ。

 とにかく大人は大人らしく。会社員は会社員らしく。それが彼の信条だ。

 若くしてプロになれなかった者は才能がないものと素直に認め、自らの勤めに徹するべきだと。それができない者はいつまでも大人になりきれていない未熟者だと言うのである。


 そんな狩谷からすれば、今の拓実は実にみっともないだろう。年甲斐もなくダンスバトルへの出場を夢見たりして。しかもその為にこんなところで踊って見せて拡散まで……ああ駄目だ。どんどんと恥ずかしさが増してくる。


 それに改めて考えれば、件の大会へのエントリー締め切りは今日の日付が変わるまでだ。となれば昨日の彼らだって、もうとっくに三人目のメンバーを見付けているだろう。

 だというのにこんなおじさんが前のめりで「やっぱりキミ達と組みたいです」なんて、迷惑でしかないのでは。仮に動画が彼らの元へ届いたところで、引かれてしまうだけなのでは……考えれば考える程、拓実はネガティブになっていく。


 それに、そうだ。現状の自分のダンスを見て彼らはガッカリしたかもしれない。いざ本気で踊ってみたら、身体は酷く錆び付いていた。体力も筋力も現役の頃とは比べ物にならないし、可動域もかなり狭い。仮にメンバーが決まっていなかったとしても、この惨状を見たら、自分と組みたいなんて思うはずがないだろうに……


 一度悪い方へ考え出すと、ネガティブが止まらなかった。突っ走ってしまった分だけ揺り返す。如何に恥知らずな事をしたのかと、拓実は頭を抱えてしまう。

 こんなにも痛い事をするくらいなら、素直に諦めた方が良かったかも。拡散してもらった動画だって、今頃ネットの海で失笑されているに決まっている。本当に自分はなんと恥ずかしい事をしたんだろう。狩谷の言う通り、大人しく会社員に徹していれば良かったのに……

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