第19話 まさかのコンタクト
◆◇◆
午後八時。新宿駅近くのファミレスは多くの人で賑わっている。恋人がどうした推しがどうした、単位がどうしたバ先がどうしたと、どこのテーブルも楽しげだ。
だがその一画、清史と春親が向かい合った窓際のテーブルだけは、お通夜のように重たい空気に包まれている。
「っあー……また断られた……」
「キヨもぉ? 俺も駄目……」
さっきからこんなやり取りを何度繰り返しているだろう。
数時間後に迫ったダンスジャンクのエントリー締め切り。その前になんとか三人目のメンバーを見付けようと、知り合いに片っ端から声を掛けている二人なのだが、しかしダンスジャンクに興味を持っている実力者は既に皆所属チームを決めてしまっていた。こんなギリギリまでフリーでいるダンサーなんていないのだ。
「あー……これってかなりマズイよね。もういっその事、踊れない奴でもいいから声掛ける? 決勝までは俺ら二人でいけるだろうし、そこまで辿り着きゃアワジの目にも留まるだろうし……」
春親の言葉に清史は一瞬揺れ掛ける。が、すぐに首を横に振った。
「いや、駄目だろ。そんな事すりゃ俺らの信用もガタ落ちになる」
ダンスジャンクは応募者が殺到している為、参加には事前に動画審査が行われる。だが、清史と春親のように近々の大会で優勝しているダンサー及びそのチームメイトは動画審査免除なのだ。
即ち、頭数を揃えてエントリーさえすれば出場できる。そんな優遇措置がある分、三人目のメンバーもそれなりの人材を見付けなければ色々なところから反感を買ってしまう。
そう説明すると、春親も「あぁそっか……」と納得したが、再びスマホに向かう事はせず、窓の外へと物憂げな視線をやると。
「つか、マジで運命だと思ったんだけどな……」
そう呟いて溜息を吐く。
明言はなくとも、清史にはその言わんとしている事が手に取るように理解できた。春親は、昨夜偶然再会した、あのダンサーの事を言っているのだ。
「だってさ、こんだけ長い事何処で何してんのかもわかんなかったのに、このタイミングで見付かるとか……どう考えても一緒に組めって事じゃんよ。これ以上ないお膳立てっつか、そのまま組むのが当然の流れじゃね?」
「あー、まぁなぁ……」
運命論なんて信じない清史だが、こればっかりは同感だ。まさかこの、プロへの道を切り拓こうという大事な時に――それもメンバーがなかなか決まらないという切羽詰まった局面で、憧れの人に会うなんて。この偶然はきっと大きな意味があると、清史も当然のように信じてしまった。
が、現実はそう甘くはなかった。タックこと砂川拓実は怪我を機にダンスを引退していた上、今では時間に融通の利かない勤め人となっている。大会に出るのは不可能だ。
――ったく、期待させやがって……
内心、悪態を吐かずにはいられない清史である。一度上げて落とされた分、元々よろしくなかった状況が一段と悪いものに思えるじゃないか。
だが、いつまでも引き摺ってはいられない。ともかくエントリーの締め切りまでには時間がないのだ。今は只管動かなければ。
「おら、感傷に浸ってねぇで誰か探せ。手当たり次第に声かけりゃ、俺らみてぇにあぶれてる奴がいるかもだろ」
清史は春親にそう促し、メッセージアプリを開く。とにかく片っ端から当たってやる。結果駄目だったとしても、時間ギリギリまでできる事をやりきらなければ悔いが残る。そんなのは絶対御免だ。
そんな清史に感化され、春親も再びスマホに目を落とした。と、彼の場合はダンサーとの繋がりがほとんどない。春親という人間はその目立ち過ぎる容姿と自由過ぎる性格から敵をつくりやすく、連絡先を知っているダンサーが少ないのだ。
よって彼がしている事と言えば、SNS上に上がっているダンス動画を漁り、知り合いであろうとなかろうと、気になる人材がいれば声を掛けるというものである。当然だがそんなやり方で相手が乗ってくる可能性は極めて低い。だから正直清史は、春親の方にはほとんど期待していなかったのだが――暫くして。
「――……え⁉ ちょっと待っ……はぁ⁉」
突如春親が素っ頓狂な声を上げた。いや、それだけでは収まらず、反射で立ち上がろうとしてテーブルに足を打ち悶絶する。その慌ただしい流れに清史は呆れ顔で。
「おい、忙しいなお前は……って待て、もしかして誰か捕まったのか⁉」
そう期待を込めて尋ねるも、春親は痛みに堪えつつ頭を振った。金の髪が横に振れるのを見て清史は落胆するが、春親は「いや待って違う」と、興奮した様子で捲し立てた。
「それよりもっと凄い事起きてんだって! オススメのタブに出て来たんだけどさ、ほら、これ観てこれ!」
そう言ってスマホを押し付けてくるので、清史は訝りながらそれを受け取る。そして一体何事かと画面を覗き――息を呑んだ。
その画面に表示されているのは、何処ぞのダンサーのアカウントによるポストである。『この兄さんに拡散してって言われたんで、支援しまーす』という文面と共に動画が添付されていたのだが、その中身とは、街灯に照らされた公園にて踊る、白シャツにスーツのパンツという出で立ちの男――……そう認識した瞬間。
「はぁ⁉ え、マジか⁉」
清史も春親と同様に驚きの声を出す。
画面は暗く、しかもダンサーが動き回る為に顔が判別しにくいのだが、しかし見紛うわけがない。顔だの体格だの以上に、そのダンスに自分達が気付かないわけがないのだ。だって一瞬で心を奪い、心臓を蹴り付け、泣きたい程にわくわくさせてくれるダンサーなんて他にいない。他には知らない。これは、この男は、間違いなく。
「――――っ」
久々に観る拓実のダンスに、清史は言葉を失った。ただただ感動し圧倒されて、その動画に釘付けになる。ブランクの分、昔よりも身体は硬く可動域も狭くなってはいるものの、しかしその表現には光るものがあり過ぎて――と、そこへ春親の声が水を差す。
「いやキヨ、感じ入ってるトコ悪いけど、動画よく見て!」
彼は清史の持つスマホを奪うと卓上に置き、逆側から画面を指さす。
「ほら、これ! タックの背中!」
「あ? 背中?」
清史は怪訝に眉根を寄せつつ、画面内の拓実が背中を向けた瞬間に動画を停めて――目を見開いた。
拓実のシャツの背中には、何やら紙が貼られていた。そしてその紙には黒のマジックで、デカデカとメッセージが書かれている――“昨日の二人、池袋西口公園で待つ”と。
これに弾かれたように顔を上げると、春親がコクコクと頷いた。
「ね、これってどう考えても俺らの事っしょ? タックが俺らの事呼んでるって事だよね⁉」
「ああ、だと思うけど……」
だが一体なんの用事で?
SNSでの動画拡散なんて、そんな不確かな手段を取ってまで、自分たちにコンタクトを取ろうとしている理由とは……と、そんな疑問を浮かべるのも白々しかった。
答えなんて最初から一つしか浮かばない。
それがどんなに都合の良い解釈だろうと、それ以外は浮かばないのだ。
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