第14話 やりたい事、好きな事
――勤め人になった以上、滅私奉公が当たり前。
それは入社してすぐに狩谷に言われた言葉である。
金を稼ぐという事は甘くはない。己を殺し、上司を立て、客にへつらう。そうして会社に尽くしてこそサラリーマンだと。
それを自ら実践する狩谷の背中に、拓実も懸命に付いて行った。狩谷と共に残業し、誰にだって頭を下げて。時間ができた日は必ず狩谷に誘われる為、その飲みに付き合って。
お陰様で拓実は自分の時間の取れない日々だ。休日には溜まった家事をこなすのと身体を休めるので精一杯。故にダンスはストレスが溜まり過ぎた時、無理やり時間を捻出して行うくらいになってしまった。
それはかなり辛かったが、拓実は甘んじて受け入れた。社会人になったのだから当然なのだと、それに膝を悪化させない為には丁度いいのだと言い聞かせて――
「つか、全然アプデできてないっスよね」
「え?」
そう沢田に言われたのは、倉庫にて配達予定の荷物をピックアップしている最中だ。急な話に拓実はぱしぱしと目を瞬く。
「アプデ? って、スマホの話か?」
そう怪訝に問い掛けると、沢田は「いや、わかるでしょ」と呆れ顔になった。
「狩谷さんの話っスよ! あの人の仕事の流儀、やっぱ滅茶苦茶古いっス。今は長時間労働なんて推奨されてないってのに毎日毎日これ見よがしに残業して……アレってなんのアピールなんスか? 俺はこんなに頑張ってるって言いたいわけ? 必要な仕事は業務時間内に終わってんでしょ?」
周囲に人がいないのをいい事に、沢田の口調はいつになく棘を孕んだ。拓実を介して無事に有給を取得できたが、どうやら狩谷の嫌味からは逃れられなかったらしい。今朝がた顔があったところでチクチクと言われたようで、その機嫌は最悪だ。
「そりゃ勿論、必要な仕事は定時までに終わってるよ。でも、そこから更にもうひと頑張りできるのが狩谷さんのすごいところで……」
「いやいや、なんの為のもうひと頑張りスか? 二班の業績はちゃんといい感じの水準保ってるし、これ以上身を削ってまで一体何処を目指してんのかって話ッスよ」
「何処をって……ほら、うちの班はずっと一班に負けてるから。狩谷さんはそれを逆転したいんだよ。その方が班の評価も上がるんだし……」
拓実は宥めるように言うのだが、沢田の機嫌は直らない。彼は乱雑に荷物をカートに乗せながら反論する。
「でもその結果、昇給とかボーナスとかの恩恵があるわけでもないじゃないスか。一班を追い抜けなんて誰からも言われてないし、そもそも一班は二班と競ってるつもりもないらしいっスよ。狩谷さんが一人で負けず嫌い発揮してるだけっスわ」
「負けず嫌いって……お前なぁ」
拓実は呆れて眉を顰める。いくらなんでもそんな言い方はないだろうに……と、そこで話の矛先はこちらへ向いた。
「つか、砂川さんはそうやって狩谷さんの事庇いますけど、本当に今のままでいいんスか?」
「? 今のまま?」
「だから、狩谷さんに付き合ってばっかでいいのかって。今の砂川さんって、狩谷さんの為にしか時間使ってないスよね。砂川さん自身はやりたい事とかないんスか?」
「やりたい事、って――……」
そう問われると言葉に詰まった。本来ここは狩谷イズムに則って、「俺には仕事が一番だから」と返すべきだったはず……が、しかし、不自然な間が空いてしまう。するとその数秒に沢田はピンと来たようで。
「あ、その感じ……実はなんかあるんスね?」
「えっ⁉ あっ、いや……俺は仕事が一番だから!」
遅ればせながらその言葉を唱えるのだが、この慌てぶりに沢田はニヤニヤとした笑いを寄越した。「まぁ言いたくないなら無理に聞いたりはしないっスけどぉー」という言い草からして、何かとんでもなく恥ずかしい趣味を持っていると誤解されたかもしれない。それは非常に不名誉だが、弁解する前に沢田が続ける。
「まぁなんにせよ、もっと自分の時間大事にした方がいいと思うスよぉ俺は! 人生一度きりなんだし好きな事しとかないと、死ぬ時にめっちゃ後悔するじゃないスか!」
と、そこで他の社員が倉庫へと入ってきた。それは私語に厳しい事で有名な社員で、それ故に会話は強制終了となったのだが。
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