第13話 情熱の始まり

――それにしても、懐かしい夢だったなぁ……


 今の夢は、学生時代に出場していたダンスバトルの時のものだ。


 どうして今更十年近くも前の夢を見たかと言えば、原因は間違いなく、昨日会った若者達だ。まさか今になって、自分の過去を知る人物に遭遇するなんて思わなかった。彼らが余りにも熱心に当時の事を語るから、色々と思い出してしまったようだ。


 拓実は今でこそくたびれた華の無い男だが、かつては違った。ダンスバトルの絶対王者と呼ばれ、多くの大会で優勝を飾っていたのだ。大学生でありつつも勉強なんてそっちのけ、人生を丸ごとダンスに捧げていた。日々の練習量と情熱は、きっとプロにも負けていなかったに違いない。


 その情熱の始まりは、音楽にある。拓実は物心ついた頃から、音楽が異様に好きだった。良いと思う曲に出会うと、胸が高鳴り感情がうねって、居ても立ってもいられなかった。

 そのどうしようもない情熱を発散すべく、楽器を習ったり歌を歌ったりしてみたものの、どうにも心は満たされなかった。なんとなく、自分の情熱を表現する方法はこれじゃないと感じたのだ。


 そうして小学校に上がった頃、ついに出会った。近所のお祭りのステージで、何処かの大学のダンスサークルが踊っているのを見たのである。

 後から思えば決してレベルの高いステージではなかったのだが、それでも自分が求めていたのはこれなのだと理解した。音楽を自らの身体で表現するダンスという手段こそ、内なる情熱を形にするのにぴったりだと。


 それ以来、何を聞いても全てダンスに直結するようになった。このメロディならどういう動きが合うだろうか、この歌詞はどんな風に表現できるか、そんな事ばかりを考える。果ては自らの感情や目にした情景、ちょっとした効果音までどうダンスに落とし込むか考えるようにまでなった。このハマり様、拓実はちょっとばかり変態だったのかもしれない。


 と、拓実の日々はすっかりダンスで染まったが、しかし家から通える範囲にはダンスを習える教室がなかった為、全て独学にてダンスを覚えた。と言っても当時は今のようにダンスグループも流行していなかったし、動画サイトも無かったので、拓実の練習法と言えば、歌番組を録画してアーティストのバックダンサーを見る事だ。

 その中でも特別に好きだと思ったダンサーの動きは、繰り返し繰り返し真似をした。どうしたら同じように動けるのか、他のダンサーとは何が違うのか、夢中になって研究する。まだ世間にそれ程ダンスを習う子供がいなかった為、一人だけでの鍛錬である。


 だが高校生にもなると、チラホラとダンスをやっている友人ができてきた。ようやく動画サイトが浸透しダンス動画が投稿されたり、ダンスが体育の必修科目となったり、韓国のダンススキルの高いアーティストが台頭したり、国内でも本格的なダンスパフォーマンスを行うアーティストが出てきたり……数々の要因でダンス好きの若者が増えたのだ。


 そうした友人たちと情報交換を行ったり、振り付けを考えて共に練習する中で教わったのが、ダンスバトルの存在だ。流れた曲に合わせて即興で踊り、優劣を競う大会――これに拓実は大いに惹かれた。そんな面白そうなもの、無視できるわけがない。


 早速友人とチームを組んで大会にエントリーしてみたのだが、いざフィールドに立ってみると、拓実はすっかり魅了された。バトルと言いつつ拓実には勝ち負けなんて二の次で、ただ即興性を求められる緊張感と、思い付くままに動いていいのだという解放感、オーディエンスの拍手と歓声、それが楽しくて堪らない。


 そして長年地道に研鑽を積んできた成果が、爆発的に開花した。数度目の参加で優勝を勝ち取ると、そこからは快進撃だ。都内の大会で片っ端から優勝し、連勝記録を伸ばしていく。バトル動画がネットに上がればそれもまた大反響、界隈に「タック」の名を知らぬ者はいなくなった。


 バトルを知った拓実は水を得た魚だった。ダンスによる真剣勝負が楽しくて楽しくて、チームメイトもバトル相手もスタッフも観客も、誰もがダンス好きだと思うと会場丸ごと愛おしくなる。出場する度にダンス仲間が増えていくのもまた嬉しい。


 大学生にもなると周りは次々と恋愛だお洒落だに目覚めていくが、拓実は只管ダンスだった。鏡を見ても服装や髪型より、動きの研究をしてばかりだ。


 この振りならばどのくらい肩を入れるのがいいか。

 このポーズであれば目線はどこに置くのがいい?

 背筋は伸ばす? 丸める?

 手首はどれくらい柔らかく使えばいいのか……


 そんな研究ばかりしていたものだから、バトルを見て好いてくれた女の子達も「このダンス馬鹿」とすぐに離れて行ってしまう。それはさすがに寂しかったり恥ずかしかったりしたのだが、踊り出せば忘れてしまった。当時の拓実はダンスさえできれば良かったのだ。


 嗚呼、なんて夢中で、愚直で、輝かしい過去なのだろう。

 思い出すと鼻の奥がツンとする。こんなにも詳細にあの日々を思い返すなんて久々だ。社会人になってからというもの仕事をこなす事に必死で、過去をゆっくり振り返る暇さえ無かったのだ。

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