第6話 焦がれた分だけ呪われる
この呪いの起源は九年前まで遡る。
当時十二歳だった春親と清史はチームを組み、初めてダンスバトルの大会に参加した。
ダンスバトルは大会によって微妙にルールが異なるが、その大会は二対二のチーム戦。DJが流した曲に対しダンサー達が順番に即興で踊り、チームの優劣を競うものだ。
この時、初出場にして二人はかなりの自信があった。幼少期からスクールに通いあらゆる動きを身に付けていたし、その腕前は講師からも一目置かれていた。流れた曲に合わせて即興で踊るという遊びも散々やってきた。だから自分達なら最年少優勝だって狙えるだろうと考えていたのだ。
だがしかし、そんな自信は一人のダンサーによって打ち砕かれる事となる。
そのダンサーのチームと戦ったのは、三回戦目の事だった。MCが彼の名前を呼んだ途端、決勝も斯くやという程の歓声が沸き上がり、地鳴りのようにフロアが揺れる。それだけで小学生二人は雰囲気に飲まれ掛けたのだが、いざそのダンサーが踊り始めるといよいよ圧倒されてしまった。
当時の衝撃をなんと言えばいいのだろう。
そのダンサーが見せたダンスは、かっこ良さのレベルが違った。全ての動きにイズムがあり、ポージングも全て完璧。首の角度、指の曲げ方、ちょっとしたリズム取り、滑らせた腕の軌道――何もかもが心にくる。それがゲーム画面だったら、二人の上にはとんでもない数のコンボ数が表示されたに違いない。
振りのアイディアも目新しく、且つ音楽と完全に調和している。彼のダンスを見ていると、曲の世界観に奥行きが出るというか。観ているとその世界の中に入り込んでしまったような感覚になる。
と、それだけでも彼のダンスは絶賛に値したが、加えて踊るのが好きで好きで堪らないというバイブスが、少年達の心臓をこれでもかと高鳴らせた。彼を見ていると、こちらも楽しくなってくる。引き付けられる。息もできない程に魅入られて――あぁ、ダンスってこんなにもわくわくするものだったのか!
スキルのあるダンサーならば大勢見てきた。その度に心を動かされてもきた。だが、こんなにも夢中にさせられるダンサーに出会ったのは初めての事だった。だって、かっこ良過ぎて息ができないなんて、楽し過ぎて泣けてくるなんて、経験した事がなかったのだ。
おまけにそのダンサーは、バトル相手である二人に対してとても好意的だった。勝利してもマウントを取るような事もない。そこまでくると、完敗したというのに悔しいなんて思いもなかった。ただ、強い憧憬だけに焦がされる。
ダンスに対する評価基準は人によって異なるもので、だからこそダンスに正解はないと清史は考える。美しさを求める者もいれば、ダイナミックさを求める者もいる。何を好み何処を目指すかは人それぞれだ。
そんな中で、二人の中学生の評価基準は、この時ばっちり定まってしまった――どれだけ人をわくわくさせられるかという点に。
そのダンサーはそれ以来バトルシーンから姿を消してしまったのだが、二人はネットに落ちていた彼のダンス動画を繰り返し再生しては真似をした。彼のように踊れるようにと競い合って、そのイズムを自らの身体に取り込むように。そこから二人のダンス技術は急激に伸び、バトルでも優勝できるようになり……と、それはまぁ良いのだが。
この「わくわく感」という価値基準は厄介だった。これを満たす人材に出会うのは難しいのだ。春親と清史は互いのダンスにはわくわく感を見出しているが、今のところはそれだけだ。うまいと思う奴はいても、あのダンサーのような高鳴りをくれる人材には、未だ出会えていないのである。
そもそも「わくわく感」なんて曖昧で、春親と清史も自分達がどうやってそれを身に付けたのかもわかっていない。例のダンサーを追い求める内に自然と備わっていたという感じだ。そんなものを他人に求めるのは難し過ぎる。だというのに、この評価基準は二人にとって絶対なのだから困りもの。正に呪いというわけである。
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