第一章 社畜、再びのバトルフィールドへ

第5話 彼らは呪いに掛かっている

 若者が新宿に集う時、その大半は東口方面に向かうだろう。そこにはシネコンがありドンキもあり、マルイだって伊勢丹だって、更に奥には歌舞伎町だってあるのだから、時間を楽しく労費するのに事欠かない。特に今の時期は新歓コンパの学生達で、東口は大変な賑わいとなっている。


 だが、鳥羽≪とば≫春親≪はるちか≫と海堂≪かいどう≫清史≪きよふみ≫、この二人にとっての新宿とは、専ら西口方面だ。


 現在時刻は八時半過ぎ。駅を出た二人は巨大な繭形のビルを横目に右手へ進み、大通りから一本入った、居酒屋やラーメン屋なんかが並ぶ雑多な道を連れ立って歩く。すれ違う女の子は二人に対し色めき立った視線を寄越すが、本人達はどこ吹く風。脇目も振らずに歩みを進め、とある雑居ビルの奥、狭い通路の先にあるエレベーターへと乗り込んでいく。


 到着したのは五階。ドアが開いて広がるのは、ダンス練習の為のレンタルスタジオだ。それは大小いくつかの鏡張りの部屋を予約制で貸し出しているというもので、新宿西口にはこういったスタジオが点在しているのである。


「キヨぉ、今日ってどこだっけ?」

 緩く結んだ金髪を靡かせ、先を歩いていた春親が振り返る。その顔に、清史は思う。いつ見ても呆れる程に整ってるな、と。

 くっきりとした二重に、気怠げな瞳。通った鼻筋、薄い唇。色素の薄い滑らかな肌。小さな顔……駅からここまでの道程で、幾人の老若男女がこの顔に視線を奪われていただろう。清史自身もガタイが良く、更にドレッド頭という容姿の為に目立つのだが、春親の視線を集める才は別格だ。


 が、そうして春親に見惚れる者に清史は言ってやりたい。騙されんな、こいつは相当な厄介者だぞ、と。何しろ春親は恐ろしく素直で、恐ろしくマイペースな奴なのだ。


 言うべきでない事を平然と言ってしまったり、退屈になるとふらりと何処かに行ってしまったり。普段は温厚な癖に一度怒ると手が付けられない程に暴れまわったり……子供の頃から連んでいる清史は、その度にフォローに追われてきた。まぁそれでもこうして一緒に居るのは、そんな彼の事を面白いと思ってしまっているからなのだが――と、しかし。


 清史は今、心の底から、春親という男に参っていた。もしかしたら過去一番困らされているかもしれない。だが春親はわかっているのかいないのか、いつもの調子で「ねぇスタジオはー?」と繰り返すので、清史はこめかみをひくつかせつつ言ってやる。


「お前なぁ……何度もここ使ってんだからいい加減覚えろって。俺らいつもDスタだろ?」

「あ、そっか。Dね、D」


 春親は頷き、ひょいひょいとした足取りで先へ進む。そのなんとも軽い態度。果たして奴は、自分たちが置かれている状況を理解しているのだろうか……いや、到底そうとは思えない。


――これはちょっと、マジに話す必要があるか……


 スマホの時計を確認すると、スタジオを予約した九時まではまだ少し時間がある。更に窓際の待合スペースは丁度無人だ。話をするにはうってつけである。

 清史はそう判断すると、ふらふらと歩く春親の首根っこを捕まえ、待合スペースのパイプ椅子に座らせた。そして自らもその隣にどっかりと腰を降ろすと、神妙に。

「なぁ春親。お前さ、今がどういう状況かわかってるか?」

「今?」

 春親はきょと、とした顔で鸚鵡返しし、それから数秒の間を置いて。

「あー……よろしくはない?」

 そう、その通り。清史は大きく頷いた。

「今度の大会、何が何でも結果出したいって散々話し合ったよな? そのバトルにエントリーする為には、もう一人メンバーが必要だって事もわかってるよな? それなのに、お前マジで何考えてんだよ……」

 清史は眉根を寄せ、これ見よがしに溜息を吐いてやる。


 春親と清史はダンサーだ。と言ってもプロではない。二人はまだ学生で、アマチュアとしてダンスバトルに度々出場しているのである。


 そして今日、二か月後に控えるダンスジャンクという大会のエントリーの為、必要な人数を揃えようと、二人は話し合いを行っていた。今日だけじゃない、この話し合いはダンスジャンクという大会を知った時からもうずっと続けている。三人目として誰に声を掛けようかと……だが、清史が候補に挙げる人材に対し、春親が悉くNGを出し続けているのである。


「なぁ、もうエントリー期限明日だぞ? 連絡して交渉してってトコまで考えたら、今日の内に候補二、三人は固めておきたかったのに、お前その辺どう思ってんだ。お前だってダンジャンに出たくないわけじゃねぇんだろ?」

「そりゃー勿論そうだけど……」

 言いつつも、春親は口を尖らせる。

「仕方ないじゃん? 誰見ても全然わくわくしねぇんだから」

「わくわくって、またそれかよ……」


 勘弁してくれ。


 清史はドレッド頭を抱え込む。春親は昔から、一緒に組んで踊るなら自分をわくわくさせてくれる奴じゃなきゃという並々ならぬ拘り《こだわり》を持っているのだ。

 まぁ、それ自体は清史も否定はしない。が、この局面で固執されると非常に困る。


「なぁ春親。今くらいその拘り捨てらんねぇか? ダンジャンに出れないなんて洒落んなんねぇって、お前だってわかるだろ?」

「わかるわかる! でもやっぱ、わくわくできねぇ奴と組んだってテンション上がんねんだって。そりゃ候補に挙げてくれた奴らはすごかったよ。上手い奴もいたし、新しい事やってんなって奴もいた。けど、なぁんか足りねっつか……」

 そこまで言って、春親は「あーもー」とぐしゃぐしゃ髪をかき混ぜた。どうやら彼にも、メンバーを選ばねばという意識はあるらしい。だがそれでも、余りの拘りの強さ故、どうしても候補を決められない、と。


 拘りというか、こうなってくると最早呪いだ。わくわくさせてくれる奴しか認められないという呪い。なんと厄介な……と、清史は思うのだが。


 しかし実を言うと、その呪いは清史にも同じように掛けられていた。清史だって本音を言えば、自分をわくわくさせてくれるダンサーとこそ組みたいと、切に願っているのである。

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