第3話 上司と後輩の板挟み
拓実が在籍しているのは、商品の受注・配達を行う部署である。豊島区を二分割し、一班と二班でそれぞれの区域を担当している。拓実は総勢六名の二班の中、二番手という立場だ。班長の狩谷と、後は二十代の若い後輩が四人である。
そして、件の狩谷は三十八歳。身体も声も大きくて、ぎょろりとした目が力強い男性である。
狩谷の事を一言で説明するならば「熱い人」。或いは「厳しい人」だ。
彼は仕事にとことこん一途で、業績を上げる為に自ら進んで残業する。決して手抜きをする事なく、私生活よりも断然仕事を優先し、その生き方こそが勤め人として当然だと考える……年齢の割に
長い間、狩谷の仕事のやり方は上の人間から大いに評価されてきた。身を粉にする彼の姿勢こそ勤め人の理想であり、他の社員達も彼を見習って働くようにと言われてきた。
だが、いつの間にやら時代は変わった。働き方改革が施行された今、残業は必ずしも推奨されない。労働時間が見直され、勤め人の自由が尊重されるようになってきたのだ。
だというのに、狩谷はその流れに従わなかった。そんなものは軟弱だと、これまでの仕事の流儀を頑なに貫き続ける。そしてそれを部下にも押し付けがちな為、新しい時代を生きる二十代の班員からは煙たい存在になっているというわけだ。
そんな中で拓実はと言えば、狩谷に仕事を習ってきた身だ。入社以来彼の下で、社会人とはどうあるべきかを散々叩き込まれてきた。上を立てる事を当然とし、狩谷が帰るまでは拓実も働き、飲みに誘われれば二つ返事で了承する。
ずっとそうして働いてきた拓実には、狩谷の「熱さ」は最早当然のものだった。それに後輩達のように狩谷を毛嫌いしてもいない――いや、むしろ仕事のできる上司として尊敬しているくらいである。
ならば沢田の有給取得について、自分が間に入るのが一番波風が立たないだろう。逆に言えば、沢田が直接申請すれば、やはり大荒れが予想されるという事だ。何しろ狩谷は有給を“サボり”と捉えている為に、誰かが有給申請をすると不機嫌になり、周囲を委縮させるのである。そうなれば当然、後輩達からの反発も強くなる。二班はいつにも増して冷え込んだ空気になるだろう。
そんな事態になるくらいなら、自分が調整役となって物事を進めた方がきっといい。怒れる狩谷を宥め、不機嫌を受け止め、後輩達の防波堤となった方が……と、腹を決めるが。
その結果、拓実は結構なダメージを負う事となる。
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