第4話 入れ替わり
宝物庫で怪盗スピリットに敗れたカノンの意識は深い眠りについていた。
瞼が重く目を開けることができない、どれぐらい時間が経ったのかも分からない。
暗闇の中で意識だけがぼんやりと存在している。
(……背中に当たってるの、石の感触じゃない)
『イオ……イオ!』
誰かがイオを呼ぶ声が耳に届き、そのおかげでカノンの意識もはっきりとしていく。
(そうだ! イオはどうなった?)
『もう! 返事してよ! 私が気絶してるうちに魔物にやられちゃったとか?』
「!」
カノンが目を開けると村の診療所の天井が視界に広がっていた。
どうやら眠っている間に村の誰かがここまで運んできてくれたらしい。
しかし、体を起こしてみても一緒に倒れていたはずのイオはおらず、声をかけている人物も見当たらなかった。
「どういうこと?」
次に感じた違和感は自分の服装。
何故かジャガマの樹海には馴染みのない真っ白な繊維で編まれた服を着ていて、サイズもピッタリなのだ。
「そういえば体を起こすのもいつもより力を入れた気がする……」
体を起こしたとき背中や足首が痛く、動きも鈍かった。
それに喉をやられたのか声もいつもと違う。
どういうわけか、胸も縮んだ気がするのは気のせいだろうか
『イオ! 良かった、やっと繋がった!』
「え、なに!?」
再び聞こえてきた声を辿ってみると、それはカノンの耳に付いたイヤリングから出ているようだった。
声の主は落ち着いたようで、深く息を吐く。
『さっきはごめん、自分の髪踏んずけたら転んで気絶しちゃったのよ。でも今無事ってことは何とかなったのね』
「えっと」
『もう夜だけど村には着いた? 野営はイオ的にはキツいんもんね』
早口で喋る女性の声に圧倒されながらも、カノンはとりあえずこれだけは言っておこうと声を絞り出した。
「誰?」
『……えぇ!? ちょっと冗談やめてよ、ピンチのときにいなかったからって怒ってるの?』
「いや、本当に誰か分からないんだけど」
『記憶喪失? それとも
「別にそんなかんじはしないけど、ていうか髪なっが!?」
カノンはさっきまでは違和感だと思っていたが、動いてみると自分が変化していることにようやく気づく。
長く伸びたイオと同じ色の髪。
いつもより低い視点。
そして気のせいではない体格の変化。
これが意味するものをカノンはやっと理解した。
「もしかして、あたしがイオになってる?」
『どういうこと?』
「なんて説明したらいいんだろコレ……」
しばらくの間二人の会話は疑問を疑問で返す形になった。
一方そのころ、先に起きていたイオは村人たちに囲まれていた。
意識を失う前に光に包まれていたところを目撃していたおかげで自分たちに起きた異変は理解していたが、慣れない体で村を出歩いたせいで事情聴取につれてこられてしまったのだ。
「なんかカノン大人しくない?」
「ねー、元気ない?」
「あはは、大丈夫だよ」
「なんていうか、大人っぽくなった?」
「それ思った、いつもより落ち着いてるよな」
「あ、あはは」
イオはなんとかカノンの真似をしてその場をやり過ごそうとしていたが所詮は付け焼き刃、話し始めて数分で仮面は崩れかけていた。
「え、えっと、なんだか具合が悪くなってきたので診療所に……」
「すまんが、少しばかり話を聞いてからでもいいかの?」
既にこの場から走り去ってしまいたい状態まで心が弱ったイオだったが、それを長老が引き止める。
長老は宝物庫の入口で倒れたときに体を痛めたのか腕や足に包帯が巻かれており、イオの目の前に立つと薬草特有の香りがした。
「は、はい」
「まるで別人じゃの、いつもの余裕が感じられん」
(そうなんです、本当は別人なんです……)
イオは入れ替わりのことは話しても信じてもらえないだろうと思い、手早く長老の質問に答えてこの場を離れることにした。
「お前と一緒に倒れとった子がおったな、あの子が調査員かの?」
「はい、イオ・ルミナスといいます」
もはやカノンの振りも出来ていないが、イオはそれに気づかずに質問に答える。
「怪盗はどうじゃった? 強かったか?」
「強いというよりは厄介という認識ですね。攻撃的な魔法は一切使われませんでしたから、ってどうしたんですか?」
「あのカノンがこんなにも頭の良さそうなことを……」
「やっぱり何かされたんじゃ」
「これはこれで良くない?」
「いや、それはちょっと」
村人たちは直感的な表現を好むはずのカノンが理知的に話しているのを見て困惑していた。
対面している長老も髭を撫でて難しい顔になってしまう。
「なんでもない。後のことは調査員の子に相談を仰ぐから、お前は休め」
「はい、失礼します」
イオが早足でその場を離れると人だかりがザワザワし始めたが、当のイオは聞こえない振りをして診療所へ向かった。
カノンの体はしっかりと鍛えられていてとても走りやすく、夜の風が気持ちがよかった。
「カノンさん! 起きてます?」
イオが診療所の出入り口の布を捲って中に入ると、中にいたカノンは髪をいじったり、靴を鳴らしながらイヤリングに話しかけていた。
「だから、あたしはイオじゃなくてカノンなんだってば」
『えぇ、入れ替わったってこと? でも
「ダメだ、全然わかんない」
『それはこっちもよ』
会話が上手くいっていないのか、カノンは諦め気味にため息をつく。
自分の体が目の前にあって自分と違う動きをしている。
イオはこの不思議な光景も自分が入れ替わりという特殊な魔法の知識を持っていたからこそ慌てずにいられることに感謝した。
「慣れちゃってましたがこうして見ると私ってかなりの不思議ちゃんですね。学校でも浮いているわけも分かりました」
「あ、あたし!? いや、イオか?」
「はい、イオです。なんだか大変そうですねカノンさん」
「そうなんだよ、お前のねーちゃん? あたしがイオじゃないって信じてくれなくてさ」
「まぁ特殊な事象ですから」
イオが来るまでの苦労を物語るようにカノンの手が激しく動く。
カノン自身は気づいていないが、イオが来たことで元気が戻ってきていた。
『あれ、誰か来たの?』
「イオが来た。声違うけど」
「とりあえず私に任せてください」
トレスとの慣れない会話と全く伝わらない説明でカノンはだいぶ精神的に参っていた。
イオはそれを察っするとカノンの耳元に近づき、そっとイヤリングに話しかける。
「こちらの声では初めましてですね、お姉ちゃん」
『だ、誰!?』
「声が違いますがイオです」
「それ、余計に混乱させるんじゃ」
カノンの心配どおり、トレスは何か悩んでいるのか会話がいったん途切れて唸り声だけが聞こえてきていた。
『……本当にイオなら私の苦手な物とか言えるよね?』
「もちろんです。まずはお姉ちゃんが散髪屋さんが嫌いな理由とか話しましょうか」
『あんたイオだわ』
「そんなあっさりと!?」
「姉妹間の秘密は意外と重要なんですよ」
カノンが頑張っても伝わらなかったことが、あまりにもあっさりと解決してしまったのでカノンは啞然とする。
「こんな簡単に済むならイオのこと待ってればよかったぁ、てかどこ行ってたの?」
「あはは、それはあとで説明しますね。それよりもお姉ちゃんの理解が早くて助かりました」
『その話し方もイオだね。やっぱり入れ替わってるんだ』
「話せば長いんですが……」
「あ! あたしちょっと横になっていい?」
「膝貸しましょうか? カノンさんの体ですけど」
カノンはイオに膝枕をされるかたちで横になり、イオはそのままトレスに今日一日あったことを説明した。
(自分の声なのに自分で話していないというのは違和感しかないな)
『なるほど、あの後カノンちゃんに助けられたまでは良かったけど、魔宝は盗られて二人の体も入れ替えられちゃったってわけね』
「はい。事前に調べた情報でも魔宝がどんな能力を持っていて、どんな影響を及ぼすかは分からないですがこのまま放置は危険です」
『だよね。というかこんな任務をイオに任せる調査室のいい加減さよ』
「人手不足って辛いです」
『けっこう難しい依頼も多いから人が逃げるのよね』
「私もこの任務終わったら辞退します」
カノンは自分には分からない話題でイオたちが落ち込むのを見ながら魔宝のことを思い返していた。
(そういえば長老がなんか言ってたな、なんだっけ?)
「室長への報告が大変です」
『それは私がやっとく。今のイオ大変そうだし』
「ありがとうお姉ちゃん!」
「魔宝を外に出すことなかれだっけか」
カノンが呟いた言葉にイオとトレスが驚く。
『カノンちゃん、それ村に伝わってる情報?』
「ん、長老が言ってたのを今思い出したんだ」
「なにかを封印していたみたいな話は聞いてませんか?」
「いや? 今言ったことだけしか知らない」
診療所が静かになった。
トレスとイオは自分の持っている知識で似たような事例がないかを思い出し、カノンは何かマズいことを言ったのかと不安になる。
『まぁ、今のところ何も起きてないなら大丈夫でしょ』
「そうですね、もし起きていても私たちではどうしようもないでしょうし」
結局、憶測の域を出ないということで、トレスに取り急ぎ魔宝が盗まれたということを報告してもらうことでこの問題はいったん落ち着くことになった。
『そういえば、二人とも怪盗を追いかけるの?』
「あたしは追いかけるよ、負けたままじゃムカつくし」
「私は正直、もう帰っちゃいたいのですが、この体ではそうするしかないですよね……」
『カノンちゃんは勝気だね。私もイオには自分の体を取り戻して欲しいって思ってるから一緒に頑張ろ』
(面白いコンビになりそう)
心意気の上がり下がりが激しい二人の声を聞きながらトレスはそう思った。
『それでどうやって追いかけるかなんだけど』
「それもそうだけど、村のみんなになんて説明したらいい?」
『あー、そっか。まずはそこか』
「あたしは樹海から外に出たことないから、なんて話したらいいかわからないんだ」
「あ、それなんですけど……」
カノンがどうしていいか分からないでいると、イオは先ほどのことを二人に申し訳なさそうに話した。
『それ、話が拗れてそうね』
「他人の振りって難しいですね」
「あたしもイオの振りは出来ないな」
『振り……あ!』
トレスは名案を思い付いたように指を鳴らした。
「どうかしたんですか? お姉ちゃん」
『これを切り抜ける方法思いついたかも。カノンちゃん!』
「?」
「ちょっと演技やってみようか」
その後、トレスの話術指導が始まり、カノンは苦労しながらもイオのような話し方を多少覚えることに成功した。
そしてカノンの樹海出発への演技が始まる。
「やはり、カノンがこうなったのは怪盗の仕業で間違いないと」
「はい、あた……わたしの目の前で魔法をかけられましたので」
カノンは慣れない話し方で長老たちに語りかける。
トレスの作戦はイオの姿をしたカノンが村人たちに状況を説明し、自分の調査に同行してもらえるよう説得することであった。
ただし、カノンは怪盗に魔法をかけられてしまったという嘘を織り交ぜながら。
カノンとイオは成功するか内心不安であったが、そもそも村人たちはイオを知らないので多少話し方がぎこちなくても問題はなかった。
「それでカノンさんを連れて怪盗を追いかけ、魔法を解く方法を探したいのですがどうでしょうか?」
「うーむ。助かると言いたいところなのじゃが、今のこの子では足出まといになりかねないのでは?」
「それは……」
『うーん、すんなりいかないか』
なかなか首を縦に振らない長老に対してカノンは素が出てしまいそうになるのを抑える。
「カノン、今は不安定な状態のようじゃが行けそうか? ワシらではお前を治せそうにないが」
「え、私ですか!?」
長老の質問と共に村人たちの視線が集まり、イオはパニックを起こしそうになる。
「あ……」
『あー、マズいかも』
「?」
トレスの予想は当たり、イオは自分に向けられた視線を避けるように下を向いてしまった。
(もしかして私の発言で全てが決まるんですか?)
(何を言えば正解なんでしょうか? 失敗したら……)
「大丈夫か?」
カノンは不安そうなイオの手を握る。
イオは顔を上げ、カノンだけを見るようにして小さな声で弱音を吐いた。
「こんなとき何を言ったら正解か分からないんです」
「それなら簡単だ」
「え?」
「耳貸しな」
カノンはイオにだけ聞こえるように何かを呟く。
「! そ、そんなのでいいんですか?」
「うん」
イオはカノンに背中を押されて、長老たちの方に顔を向ける。
相変わらず視線はイオに集中していたが、今度は平気だった。
「私、イオと一緒に行きたいです。元に戻るためでもあるし、それに」
「それに?」
「今の私なら彼女を支えられる気がするんです」
長老は髭を撫でながらカノンとイオを交互に見た。
「短い間にいろいろあったようじゃな」
「イオ殿」
「はい」
「カノンには同世代の友人がいなくてな、少々ズレてるかもしれんが仲良くしてやっておくれ」
「も、もちろんです」
カノンはズレてると言われたことに思わず反論しそうになったがなんとか気持ちを抑える。
このまま解散という流れになりそうになっていたところ、トレスが慌てた声を出す。
『カノンちゃん、魔宝のこと聞いて!』
「あの、出発する前に魔宝についてお聞きしたいのですが」
「よかろう……」
「まさか長老も魔宝のこと全然知らなんて」
「これでは魔宝を取り返しても対処できるか分からないです」
結局、長老から聞けた情報は魔宝が守り人たちが先祖代々守ってきた大切なもので、決して外に出してはいけないと言われていることだけだった。
話を聞いた後、村人たちはカノンとイオの旅の無事を祈るように二人を囲んで食事会を開いて送り出してくれたが、イオは大勢に囲まれたことで味が分からなかった。
『分からないものはしょうがないし、もう今日はもう寝て明日から頑張ろ』
トレスの提案で出発は明日の朝に決まり、二人は診療所で泊まることになった。
カノンは足のケガが治っていないので、イオが背負ってジャガマの樹海を抜ける予定である。
「そうだ、お姉ちゃん。怪盗の追跡なんですが」
『うん』
「えっと、この辺に」
イオは自分のポーチを持ってくると、それを逆さまにして中身をばら撒く。
筆記具や小さな紙片の束などが散らばる中、小さな木の実サイズの魔鉱石が弱い輝きを放って存在を示していた。
「あ! ありました」
「それってイヤリングの石と同じやつ?」
「これはですね、お姉ちゃんが通信に使う為に調整してる魔鉱石なんです」
『私の魔法の媒体はカノンちゃんたちみたいに指輪や腕輪じゃなくて魔鉱石全般なんだ。手間のかかる調整が必要なんだけどね』
「凄いんだね、これ」
カノンはイヤリングをそっと触ると、トレスの恥ずかしそうな声が聞こえてきた。
『そ、そうよ』
「トレス?」
「お姉ちゃんは褒められ慣れてないんです」
『うっさいわね! ところでイオ、魔鉱石を出してきたってことはまさか?』
「はい、実は怪盗にやられる前に彼のポケットに欠片を忍ばせましたので探知をお願いします!」
『はぁ……』
希望の糸口が見えてきたはずだが、トレスの声は明らかに沈んでいた。
「なんか急に暗くなったけど大丈夫か!?」
『うん、我が妹ながら大分無茶を言うなって』
「イオどういうこと?」
「通信魔法は術者の魔力で調整した魔鉱石と波長を合わせて位置把握や通信を可能にします。逆を言えば対象にこれを仕込んでおくとどこにいるのか丸わかりになるんです」
『それがどれだけ難しいかも知ってるでしょ! 逆探知はこっちがやるよりも大変なのよ』
「耳がっ!」
トレスの怒鳴り声はイオには届かず、カノンにだけ大ダメージを与えた。
『あ、ごめんカノンちゃん! イオに怒鳴ってるつもりになってた』
「だ、大丈夫だから。話の続きを」
「ちょっと無茶が過ぎましたね、お姉ちゃんもカノンさんもごめんなさい。とりあえずは樹海を出ないことには始まりませんね」
耳を抑えるカノンを介抱しながらイオはシュンとした。
『そうね。逆探知となるとこっちも精度上げないと……やっぱり私も合流するわ、トキの町で会お』
「えっ!? いいんですか?」
『妹の一大事だからね、ちょっと出るのに勇気いるけど』
「外に魔物でもいるのか?」
『いや、そうじゃなくて』
「お姉ちゃんは自分の研究室に長い間引きこもってるんです」
『こら、イオ!』
こうして明日からの予定を立てつつ夜は深まっていく。
カノンは樹海を出るまでの道案内を頼まれた時点で眠くなってしまい、本日二度目の眠りに身を任せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます