第3話 怪盗スピリット


 カノンがイオを抱きかかえながら走り始めてから小一時間。

 イオにも少し余裕が出てきたのか最初よりもいろいろなことを話せるくらいには精神的に回復することができた。

「私の好きな事は魔法と魔法の組み合わせを調べることなんです」

「どうゆうこと?」

「例えばですね。火の魔法の後に風の魔法を使ってみたりすると小さい火種でも大きく燃え上がったりします」

「魔法版火おこしってことか」

「あ、そっか。簡単に言うとそうですね」

 カノンには理解が追いつかないものも多かったが、知らないことを教えてくれるイオの存在は新鮮である。

 イオも自分が説明したものをカノンが身近な現象などに例えてくるので気づきになる部分が多い。

 相性がいいのか、樹海の木々が人の手によって整備された場所に入る頃には二人は名前で呼び合う仲になっていた。

「あのカノンさん、今さらなんですが」

「なに?」

「えっと……私重くないですか」

 イオはカノンの腕の中で両の人差し指をつつき合いながら恥ずかしそうにする。

「別に、イオ以上に重い獲物とか持ったりするから」

「あ、そうですか」

「ていうか荷物のほうが重いんじゃない? ちゃんとご飯食べてる?」

「私ってそんなに軽いんですか!?」

 もともと小食で太りしないので体重のことなど気にしたことはなかったが、カノンが心配そうな目で見てくるのでイオは自分の体とカノンの体を見比べる。

 たしかに健康的な筋肉をしたカノンに比べるとイオの体は最低限の肉付きはあるといった感じである。

 胸の大きさでも負けていた。

「はぁ、なんか嬉しくないです」

「外では痩せてるほうがいいんだ? 変わってるね」

「環境の違いってやつじゃないですか、私はここに来てカノンさんの考えに近くなりました」

 イオはこの樹海でも逞しく生きているカノンが羨ましいと思った。


 畑などが現れ始めると人の住んでいるところという印象を受ける。

 ここまでくるともう大丈夫と判断したのか、カノンも足を休めるようにゆっくりと歩きはじめた。

「まずは長老に会ってもらって、そしたら怪我の治療になると思うけど、それまで我慢できる?」

「えっと、今のところ大丈夫そうです」

 イオは宙に浮いている足を軽く動かして、痛みを確認した。

 立ち上がれるくらいには回復したように感じる。

「カノンさんが運んでくれたおかげでだいぶ楽になってます。走ったりは出来なさそうですが」

「悪化するからやめな」

「分かりました」

「あ、怪盗騒ぎでみんなバタバタしてるけど、あんま気にしないでね」

「はい、でもそっちが私の本来の仕事なので」

「そういえばそうだっけ」

「忘れてたんですか!?」

 そんなやりとりを続けながら二人は村の入口にたどり着いたのだが、ここまで動きっぱなしであったカノンの足が止まる。

「あの、どうかしたんですか?」

「……」

「カノンさん?」

 カノンは目を瞑って首を左右に動かしながら何かを聞いていたが、目を開けると少し嫌そうな顔をした。

「静か過ぎるんだ。この時間ならチビ共の騒ぎ声がしてるのに」

 イオも耳を澄ましてみると、確かに人の声が全く聞こえてこない。

 それどころか、こんなにも静かなのに足音すら聞こえてこないことにイオも不安を感じた。

「イオ、悪いけど治療はもう少し先になりそう」

「無理すれば歩けますのでお気になさらず」

「まぁ下ろしはしないから、行こうか」

「あ、私の荷物置いていった方がいいかもしれません」

「いいの? 誰も盗らないと思うけど」

「大したものは入ってませんし、私はこの指輪さえあれば」

「でもイオ魔力切れてるんでしょ」

「あはは……」

 カノンは味わったことのない不気味さを覚えつつも、イオを抱え直して村に入っていく。

 奥へ進めばなにか聞こえてくるかと少しは希望を持っていたが、残念ながら村の中は静まりかえったままだった。

「普段は騒がしいくらいなんだけど、こんなに静かになると別のとこに来た気になってくる」

「ゴーストタウンみたいで怖いですね」

「なにそれ?」

「幽霊が住んでる廃墟群のことです」

「外にはそんなのあるんだな……って、あたしの村がそうだって言いたい?」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりは!」

 話し声が大きくなろうとも、それがただただ響くばかりで人が近づいてくる気配はない。

 イオがたとえ話で言ったことが本当なのではと頭の隅で思いはじめたころ、村の中心である広場で村人たちが数人倒れているのを発見した。

「走るよ! 掴まってな」

「はい!」

 カノンが走り出してすぐ、イオは体調の変化を感じた。

 村人たちに近づけば近づくほど瞼が重くなり、眠くなってくるのだ。

(急に眠気が……)

 この数時間でいろいろあって疲れてはいるがまだ眠くなるような状態ではないはずなのに体はどんどん眠ろうとしている。

 イオはだらけそうになっている口を頑張って動かし声を上げた。

「カノンさん、一旦戻ってくだふぁい」

「眠そうじゃん、疲れ出てきた?」

「違うかと……なんだか、急に眠くなって」

「ちょっとだけ我慢しててくれ」

 イオが自分の頬を抓って眠らないようにしている間に、カノンは一番近くにいた子どもに近づき状態を確認する。

「すぅ……すぅ」

 触れてみれば心臓も血管も正常に動いている。

 周りの人たちにも触れてみたが同じような状態だった。

「顔色も悪くない、寝てるだけっぽい」

「そう、ですか」

 静かにしてみると、ここ以外からも寝息が聞こえてくる。

 どうやら屋内にも眠っている人がいるようだった。

「寝てるだけならとりあえず放置しても大丈夫かな。イオ?」

「……すぅ」

「おーい」

 カノンはイオを軽く揺らしてみるが全く効果がなく、寝息だけが返事として返ってきた。

「よし」

 カノンはフッと息を吐くと、イオが落ちないように強く抱きしめると膝を畳んでそのまま真上に跳んだ。

 着地と同時にやってくる衝撃は二人の体を強く揺らし気付けとなる。

「え!? 地震?」

 イオは飛び起きるように目を覚ましたがカノンに抱きしめられているので動くこともできず、ただただ慌てる。

「いや、ジャンプした後の衝撃」

「な、何でそんなことを!? ていうかカノンさん力強いですね……」

「だってイオ揺すっても起きないし、両手塞がってるから」

「力技が過ぎますって、それよりも早くここから離れてください!」

 イオは状況を理解すると少し慌ててカノンにそう告げた。

「何で? もう眠気ないだろ」

「これはただの生理現象ではありません、多分ここら一帯に催眠ララバイの魔法がかけられてます!」

「ララバイ?」

「簡単に言うと眠たくなる魔法です」

「あたし、ぜんぜん眠くなってないんだけど」

「耐性があるのかもしれませんね、それか効くのが遅いか」

「そういえば、予告状になんかこれっぽいの書いてあったような」

「えぇ、私もここに来る前に読んだのを思い出しました」

 広場から離れながら二人は予告状の内容を思い出す。

 【近々、魔宝を頂戴しに参る。私が現れたとき、諸君らには安眠が訪れるだろう 怪盗スピリットより】

「つまりはもう怪盗が来ちゃってるってことだよな」

「おそらくは」

「なら行くしかないか」

 もう遅いかもしれないが二人は魔宝が封じられている宝物庫を目指すことにした。

 道中、何人もの村人たちが眠っていて、この魔法の範囲がどれほど広いかを物語っていた。

「また寝てる」

「広場を中心にしたとしても範囲が広すぎます。術者は相当の腕前ですね」

 イオの声には驚きと恐怖が混じっていて、魔法知識に疎いカノンにもその脅威が理解できた。

「イオ」

「はい?」

「たぶん怪盗がいたらあたしは戦う、嫌な言い方するとイオがいたら満足に動けないから入り口で置いていく」

 カノンとは今日会ったばかりだが色んな表情を見せてくれた。

 笑ったり、怒ったり、オオカミ相手に怯まずに凄んだり、知らない知識に困りながらも自分で答えを出していた。

 そして今のカノンはイオが見た中でも一番楽しそうな顔をしている。

「私が足手まといなのは私が一番分かってますのでお気になさらず」

「そっか。安心しな、勝ってくるからさ」

 それを聞いてカノンは歯を見せて笑う。

 これから起こることなど知らずに二人の少女はそのまま宝物庫を目指した。


 宝物庫の扉の前には二つの影が映っていた。

 一つは高く、もう一つは低い。

 それは倒れている者と立っている者を表していた。

「ふむ、さすがは守り人の長といったところか」

 立っているのは樹海には不似合いな上も下も真っ黒で上等な服を着た男だった。

 口もとだけが露出した仮面から倒れている老人に話しかけたが返事は返ってこない。

「……」

「やっと眠っていただけたようで何より、これで邪魔されずに魔宝に会えます」

 老人に一礼をした後、男は宝物庫の扉に片手で触れてもう片方の手に持ったステッキを掲げる。

解除アンロック!」

 ステッキから放たれた緑色の光が扉に吸い込まれるとゴゴゴと岩の動く音がして扉はゆっくりと開き、隠していた内部を晒す。

篝火シャインフレイム

「さて、参りましょうか」

 男は戦いの最中に乱れた襟を正すとステッキに小さな火を宿して片手に中へ入っていく。

 そこは宝物庫と呼ぶにはいささか寂しく、祠と言った方が相応しい場所だった。

 岩をくり抜いたような空間には紫色に輝く宝珠のみが鎮座しており、それ以外には何も無い。

「こういうのも趣がありますが、やはり宝物庫は言い過ぎだな」

 男は少し期待していただけに苦笑した。

 しかし、目当てのものは実在していたので一安心もしていた。

「さてドリーミーアメジストよ、お迎えに上がりました」

 まるで淑女を出迎えるように男は宝珠に語りかけ、そして宝珠を手に取ろうとする。

 しかしその手が目当ての物に触れることはできなかった。

「しぇい!」

「なに!?」

 突然、岩の洞窟に突き刺さるような叫び声が響くと、一本のナイフが男に向かって飛んでくる。

 入り口から投擲されたナイフは宝物庫内部から見ると刀身を逆光で眩しく輝かせ相手の視線を奪う。

 しかし男は最低限の動きでそれを避けると余裕そうに語りかけた。

「危ないじゃないか、私ならまだしもドリーミーアメジストに当たったらどうするんだ」

「そんなヘマしないよ」

 カーン、カーンと靴音を洞窟に響かせながらカノンが宝物庫に足を踏み入れる。

 男はカノンを見て、なるほどと頷いた。

「不運にも眠れなかった者がいたとは、かわいそうに」

「太陽が出てるうちは寝れない体質でね」

 男は面倒事が出来たように息を吐くとステッキを構える。

「名乗るのが礼儀だね。怪盗スピリットだ」

「あたしはカノン。あんたのせいで寒い思いをした守り人だ」

「それはそれはご苦労さま」

 スピリットの馬鹿にしたような態度にイラつきながらも、カノンは先手を取るべく低く構える。

 対するスピリットは何故かカノンの投げたナイフを拾うとそれ投げ返し、カランと冷たい金属の響く音が宝物庫内で反響する。

「なんのつもり?」

「フェアじゃないからかな」

「それはそれは、どうもありがと!!」

 罠かもしれなかったがカノンは素早くナイフを拾うと斬りかかる。

「らぁ!」

幻影ミラージュ

 相手が避けるより早く、ナイフの切っ先がスピリットの胸元を裂く……と思いきや血は噴き出さず、それどころか手応えすら感じない。

「なんで!? 確かに捉えてたのに」

「素晴らしい運動神経だ。先ほどの長老殿よりも素早い」

「やっぱりあれはあんたの仕業か」

「いかにも」

「長老も村のみんなもそうだが、殺さないのか?」

「殺しは私の美学に反する」

「なら、あたしもそうしとこうかな!」

 カノンは動きを崩そうとナイフでの攻撃をやめ、スピリットの足を狙って低くタックルを仕掛ける。

「おっと残念」

「な!?」

 どういうことかカノンは相手にぶつかることなく、スピリットの体をすり抜けて硬い洞窟の床に体をぶつけた。

「痛っ!!」

「ふふ、お嬢さん。私に傷一つつけられないとは、勇ましいのは気持ちだけかな?」

 スピリットは露出した口もとを歪ませて笑う。

 余裕がある。

 それは戦いにおいて有利に立ち回る絶対条件であった。

(なんか変だ)

 カノンは不気味さを感じて追撃するのをやめ、距離をとるために後ろに退く。

「攻撃が当たってる気がしない、幻みたいだ」

「大体合っているよ」

「それ教えちゃうんだ」

「理解しようとも対応は出来ないからね」

 今度はスピリットがステッキを構えてカノンの元へ歩いてくる。

 ナイフを前に構えて迎撃の準備はしているものの、目に見えている相手は幻だと思うと動きが鈍る。

 カノンの得意とする魔法は動きを早めたり体を浮かせるだけで宝物庫内では動きを制限するばかりで使い物にならならず、対抗策が物理的なものに限られていた。

「さて、君にも安らかな眠りを贈ろう」

「っく」

「カノンさん! 後ろです!」

 カノンの判断力が鈍っていたところで、迷いを払うかのようにイオの声が響く。

 それを聞いて、すぐさまカノンは後ろに体を捻って虚空に蹴りを放つ。

「ぐぁっ!?」

「今度は手応えあった!」

 少女といえどもジャガマの樹海で鍛え上げられた肉体から放たれる一撃は相当のものだったようで、スピリットはその場でうずくまる。

「やりましたね! カノンさん!」

「入口で待ってなって言ったのに……でも助かったよ、攻撃ぜんぜん当たんなくてさ」

 カノンは入り口からぎこちなく歩いてくるイオを心配しながらも、目の前でうずくまるスピリットを警戒する。

「実に、鋭い蹴りだった」

「降参しないならもう一発入れるけど?」

「それは勘弁してもらいたいな、ときにお嬢さん」

「あ?」

「硬い床で眠り、体を痛めた経験はおありかな?」

 スピリットは腹の下に隠していたステッキを取り出すとカノンの目の前で魔法を唱える。

「なっ!?」

「カノンさん!」

睡眠ララバイ

 ステッキから発せられた桃色の光はカノンの視界を歪ませ、ついには片膝を着かせる。

 突然襲ってきた強烈な眠気に奥歯を噛み締めながらカノンはスピリットを睨らんだ。

「大したものだ、大人でも至近距離で浴びればたちまち眠ってしまうのに」

「どうやら、効きが悪いみたいでね」

「ふむ、しかし動くこともままならないようだ」

 スピリットは起き上がると、さっきまで自分を見下ろしていたカノンを観察し、反撃の動きがないことを確信する。

「状況が逆転しちゃいました……」

「おや、そちらのお嬢さんまでは催眠が届かなかったか」

 一瞬で攻勢を覆された様子を見ていたイオは、足を止めて立ち尽くしていた。

 そして、この場に残った行動可能な目撃者を怪盗が逃すはずもなく、スピリットはイオに向かっていく。

「ま、て」

「なに、心配は要らない。ただ眠ってもらうだけだ」

「どう見てもピンチですね」  

 カノンの必死に絞り出した引き止めの声も無視してスピリットはイオに近づく。

 暗がりの洞窟に忍び寄る脅威にイオの足は竦み、その場に腰を落ち着かせた。

「床に体を打ちつけない体勢になってくれて助かるよ」

「た、ただ腰が抜けただけです!」

「では君にも眠りを贈ろうか」

「……加速クイック!」

 スピリットが再びステッキを構え魔法を唱えようとしたとき、二人の間に何かが割り込んできた。

「まて、よ」

 それは制御出来ない素早さで床に激突したカノンだった、額からは岩で切ったのか血が流れ出している。

「カノンさん!? 血が……」

「驚いたな、まだこんなに動けるのか」

「はぁ、痛って……」

 カノンはイオに抱きかかえられると、既に意識も朦朧としていて言葉を紡ぐのもやっとの状態だった。

「なんで、こんな無茶を!」

「いや、だってイオは友だちだし、今魔法使えないし、なんか嫌だなぁって」

「そんな理由で……」

 遂に限界がきたのか、カノンは瞼を閉じ、洞窟に浅い寝息が反響し始める。

 一人残されたイオは顔を上げてスピリットを睨んだが、スピリットはそれを見てパチパチと拍手をした。

「なにを?」

「美しい友情を目の前で見せてもらったのだ、賞賛を贈るのは当然のことだよ」

 イオはとことん馬鹿にされているような気持ちになり、胸の中に熱いものがこみ上げて来るのを感じた。

 この感情に身を任せれば一発くらいは魔法を放つことが出来るだろう。

 だが、おそらく自分ではこの男に勝つことは不可能。

「さて、君を守ったナイトもダウンした。これで邪魔者はいない」

(チャンスは一度です!)

 スピリットが仕上げにかかったとき、イオは相手に気づかれないように腰のポーチから魔鉱石を一つ握ると指輪をはめた方の手を突き出した。

閃光フラッシュ!!」

 それはほんの一瞬の光であった。

 回復した魔力ではそれが精一杯だったが、薄暗い洞窟でスピリットの目をくらますには十分な光度だった。

「ぐっ!」

 スピリットが両手で顔を覆い。その隙を狙ってイオは握っていた魔鉱石をスピリットの服のポケットに忍ばせた。

 だが、スピリットもやられたままでは済まさず、視界が回復していないにも関わらず、感覚でイオを捉えて蹴飛ばす。

「あっ!?」

「痛めつけるのも趣味ではないんだが。すまない、少し気が立った」

「そうですか」

 魔力も使い切ったイオだったが、その目は反抗の態度を崩していない。

(いま出来ることはやりました、あとはお姉ちゃん頼みです)

 スピリットはそんなイオには目もくれず、視力の回復を確認するように目の前で手を振ると、満足げに笑った。

「ふふふ」

「どうして笑ってるんですか?」

「これは失礼、ドリーミーアメジスト以外にも収穫が出来たのでね」

「?」

 イオが言葉の意味を理解できないまま、スピリットは胸ポケットから水色に輝く加工された魔鉱石を取り出すと何かを呟いた。

「己が肉体という檻を抜け出し、魂は新たな旅路を歩まん、我が見届けよう! 入れ替わりチェンジング!」

「きゃ!」

 魔鉱石がひとりでに浮かび上がると、イオとカノンを取り囲むように弧を描いて二人の回りを美しく照らす。

 輝きはやがて二人を包み込んで姿を隠してしまい、スピリットからはもう光の柱にしか見えなくなる。

「使い道に困っていたお宝がこんな形で役に立つとは、さぁ! 私に見せてくれ君たちの輝きを」

 一方でイオは視界も安定しない光の中でも地面を這い、カノンの元へと辿り着いていた。

「カノンさん、何だか大変なことになってしまいました」

「どうやら怪盗は私たちから何かを奪っていくみたいですが、生き残れるでしょうか?」

「……」

 これからどうなるか分からない状況でもスヤスヤと眠るカノンの寝顔を見ていると、イオはなぜか笑ってしまった。

「何故でしょうか、カノンさんと一緒にいると大丈夫という気持ちになります」

 聞き手のいないひとりごとを続けているうちも光度は強くなり、いよいよ何も見えなくなる。

 しかし、イオにはカノンの手の暖かさがはっきり伝わっていて、それを感じているだけで怖くはなかった。

「……」

「……」

 やがてイオの意識も途絶え洞窟には静寂が訪れた。

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