第17話 はじまりの女・とある最古の悪役令嬢。

※まえがき

今回は三人称です。


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 フユリンたちがいる場所から遠く離れた大陸に、カッハという小国があった。


 周囲を大国が囲んでいるにも関わらず、一切侵略行為を受けていないのは、ここが宗教の総本山だからである。


 国土面積に似合わぬ財力と軍事力を保有している理由も、そこにある。


 首都の中心には巨大な宮殿があり、宗教における貴重な品々が保管されていた。


 宮殿の主人もここに住んでいる。

 齢一〇〇を超えた老婆だ。


 世界最古の悪役令嬢にして、悪役令嬢協会の名誉顧問及び宗教の法皇も務める女。


 名は、カトレア。


「お呼びでしょうか、カトレア様」


 謁見の間にて、玉座に座るカトレアの前に一人の悪役令嬢が現れた。


 カールを巻いた長い金髪、派手な黄金のドレス。

 服がはち切れんばかりに豊かな胸。

 悪役令嬢協会会長、マリアンヌ・トウガラシロップである。


「マリアンヌよ、久しぶりですね」


「えぇ、そちらもお元気そうで、わたくしも喜ばしいですわ〜」


「話は聞きましたよ、ワーイワイ国で起きた大虐殺、それを指示したのがあなただと」


「くくく、やつらは独自の宗教観を持ち、悪役令嬢を否定していた、だから滅ぼしただけですわ〜!!」


「思い上がるでない!! 悪役令嬢は、決して神の使いなどではありません!!」


「あ〜、カトレア様が現役の頃は、まだありませんでしたものね、協会も、悪役令嬢崇拝も」


 カトレアの時代において、悪役令嬢とは単なる性格が悪い令嬢に過ぎなかった。


「ですが、カトレア様が変えてしまったのですわよ? 婚約を破棄されて、不幸のどん底に落ちるはずだったのに、あれよあれよと絶対的な地位まで上り詰めてしまった。その神話が、すべての始まりではなくて〜?」


「私は、こんなことのために……」


「あなたが『この世界に来なければ』、世界は苦しまずに済みましたのに」


「なっ!! あなた、そこまで私のことを……」


「もう、あなたはただの象徴。マスコット。あなたが何を口したところで、この世界は変わりませんわ〜。だって、そっちの方が都合がいいんですもの」


「マリアンヌ……」


「なにをやっても許される。悪役令嬢とは最高ですわ〜!! おーっほっほ!!」


「ぐぐ……」


 マリアンヌが告げたカトレアの立場は正しい。

 確かにカトレアは、この世で最高の権力を持っている。


 しかし、所詮はお飾りなのだ。

 生ける伝説として、玉座に座らされているだけなのである。


「他の、協会のOGも、あなたに呆れています。いくらなんでも驕りがすぎると」


「驕り? 協会のいまのトップはわたくしですわ。OGだの顧問だのといっても、立場はわたくしの方が上ですわよね」


「いずれ、必ず後悔します。改心しない悪役令嬢に待ち受けるのは、不幸なのです」


「ご忠告感謝しますわ〜!!」


 マリアンヌはまったく反省を示すことなく、宮殿を後にした。





 それから数日後、カッハ周辺国のとある王宮にて。


 マリアンヌは暗い寝室で見つめていた。

 自分が当てがってやった新人の悪役令嬢たちを抱く、王の醜態を。


 マリアンヌは参加しない。

 簡単に抱かれては価値が下がるから。


 王が事を済ませたあと、マリアンヌは彼に寄り添った。


「王様、お願いがありますの〜♡」


「なんだ? お前の頼みならどんなことでも聞いてやる」


 ちなみにマリアンヌは王妃でもなんでもない。


「カッハを滅ぼしてほしいのですわ」


「……は?」


「こんなこと頼めるの、あなたしかいませんの」


「な、なにを言っているのかわかっているのか!? あそこに手を出せば、世界から顰蹙ひんしゅくを買うことになるんだぞ!!」


「でも!!」


 マリアンヌは泣いた。

 もちろん、嘘泣きであった。


「もう耐えきれませんの。この前カッハで観光をしていたら、思い出したくもない目に遭わされましたの」


「そ、そうなのか? しかし……」


「なら、他の方に頼みますわ」


「うっ」


 王の耳元に、柔らかな唇を近づける。


「わたくし、王様を本当の父上のように思っていますのよ。パパ♡」


 王の耳が赤くなる。

 マリアンヌの艶やかな声が、王の脳を麻痺させる。


「うぐぅ……だが、攻め込む理由がなければ……」


「あればいいんですわね?」


「まぁ」


「ふふ、大好きですわ〜。パ〜パ♡」


 数日後、王の親戚がカッハで謎の死を遂げた。

 リンチされたような形跡が、王に大義名分を与える。


 カッハは地獄と化した。


 やがて、カトレアが拘束される。

 身包みを剥がされ、牢にぶち込まれる。


 そこに、マリアンヌが現れた。


「マリアンヌ!!」


「ふふふ、ふははははは!!!!」


「あ、あなたは、あなたは自分が何をしたのかわかっているのですか!!」


「えぇ、間もなくこの王の国は、他国から侵攻を受けることでしょう。どんな理由があるにせよ、カッハを攻撃するなんてあってはなりませんから」


 だが問題ない。

 マリアンヌを贔屓する王や首相は他にもいる。

 亡命など容易い。

 みんな、マリアンヌの妖しい美貌の虜なのだ。


 魅力チャームの魔法の力も、関係しているが。


「恐ろしい。王を利用するだけ利用して、捨てる気なのですか。大勢の人間が死ぬのですよ!!」


「これだから古い悪役令嬢は困るのですわ。善人ぶっちゃって」


 マリアンヌの手にナイフが握られる。

 ゆっくりと、カトレアに近づく。


「その状態では悪役令嬢拳法は使えないでしょう。まあ、縛ってなくともご老体、使えるはずもありませんわね」


「キ、キサマ……」


「前々から目障りだったのですわ。悪役令嬢協会の名誉顧問だか法皇だか知りませんが、わたくしより偉い女など、存在してはいけませんの。ましてや、醜く老いた女に跪くなど、度し難いですわ」


「この、化け物め!!」


「化け物? いいえ、わたくしは……悪役令嬢ですわ!!」


 カトレアの腹部を突き刺す。

 じわじわと血が吹き出し、彼女の命を削っていく。

 死へと向かう老婆の姿を、マリアンヌは恍惚に満ちた相好で見つめた。


「お友達のOGたちも、すぐに送って差し上げますわ。あなたのところへ」


「ぐっ、おにい……さま……」


 かつてカトレアはただの令嬢であった。

 貴族らしさを意識し過ぎて、それを他者にも強要したせいで周囲から疎まれ、悪役令嬢と呼ばれるようになった。


 婚約も破棄され、いよいよ精神的に追い詰められたとき、前世の記憶が蘇ったのである。


 人格(心)を入れ替えたカトレアは、兄や親友の力を借りて新しい人生を歩み出したのだった。


 友が増えた。たくさんの恋をした。

 幾度か世界の危機も救ってきた。


 そうしていまの地位までのし上がったのだが、


「悪役令嬢とは幸福な結末を迎えるもの。そうでないあなたは、悪役令嬢ではなく、ひとりのくだらない女に過ぎなかったわけですわね」


「くっ……」


「わたくしの踏み台にもならないゴミみたいな人生、お疲れ様でしたわ〜!!」


 ここに、カトレアの一生が幕を閉じた。

 マリアンヌの手が、自身の胸を愛撫のように揉み上げる。


「ふふふ、おーっほっほ!! やっぱり人の尊厳と命を踏み潰す瞬間が一番興奮しますわ〜。……おや?」


 カトレアの肉体が光りだした。

 あまりの眩しさに、マリアンヌは思わず目を閉じる。

 やがて光が収まると、そこにカトレアの遺体はなかった。


「ふん、どうせ『魔女』の仕業ですわね。まあいいですわ、さっさと帰るとしますわ〜!!」


 間もなくして、マリアンヌは国から去った。

 悪役令嬢協会本部に戻り、残る目障りな連中を抹殺するために。




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※あとがき


ちなみにマリアンヌはHカップです。

区切りがいいので、次回から新章ってことにします。


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