第16話 フェイト④ 悪役令嬢に転生した私、悪女ばかりの世界を変えるために旅をします。

「この悪役令嬢は、私が守る!!」


 いつもとは正反対なセリフに、コーロが怒鳴る。


「クソが!!」


「ラミュ、フェイトと共に部屋の隅にいろ」


「はいっ!!」


 巻き添えを喰らっては困るからな。

 あの悪役令嬢は、マリアンヌの情報を引き出してから私が責任を持って潰す。


 さて、問題なのはここからだ。

 コーロたちは悪役令嬢の協力者ではない。

 つまり、パニッシュメント魔法が通用しないのだ。

 バインドを発動することはできるが、効果が弱まるため簡単に千切れてしまうだろう。


 しかもここは魔法学校。

 みんな、魔法にはそれなりの自信があるはず。


「関係ないがな」


「望み通りお前から殺してやるよ!! 英雄の魔法を喰らうがいい!! サンダースピア!!」


 魔法で雷の槍を生み出した。

 なるほど、確かに強力な魔法だ。


 他の生徒も攻撃態勢に入った。


「僕のサンダースピアは一度放てばどこまでも追いかける!! 死ね!!」


 コーロがスピアを投げてきた。


 のんびり戦っていては負ける。

 一気にケリをつけてやる。


「クロックアップ!!」


 心臓に激痛が走る。

 それと引き換えに、サンダースピアを含め、視界に入るすべてのものの動きが、遅くなった。


 加速魔法クロックアップ。

 魔女との契約で手に入れたパニッシュメント魔法ではなく、私が努力の末に身に着けた魔法である。


 文字通り、身体機能を著しく上昇させ、加速する魔法だ。

 かなりの体力を消費するうえ、体感時間で一〇秒間しか効果が持続しない。


 もちろん、連続使用はできない、奥の手だ。


 そのうえで、


「ハイスピードホーリーボール・ラピッドファイヤー!!」


 大量の光の弾を、奴ら全員の頭部に向けて同時発射する。

 身構えていない顔面に直撃した以上、気絶は免れない。


 そこでクロックアップの効果が切れる。

 声を上げることなく、コーロの仲間たちは地に伏した。


 スピアの方は……術者が力尽きたせいで消滅したようだ。


「はぁ……はぁ……」


 やはりキツイな。

 呼吸が激しく乱れて、肺にチクチクとした痛みが走っている。

 頭もクラクラしてきた。


「す、すごいですフユリンさん!!」


 ラミュが駆け寄ってきた。


「なにが起きたのかわからなかったです!! 一瞬で全滅させちゃって!!」


「よし、フェイトを連れて逃げるぞ。増援が来たら厄介だ」


 物置部屋から出ようとしたとき、倒れていたはずのコーロが顔を上げた。

 しぶといやつだ。


「ま、まて、フェイト。お、お前を殺して、僕は……英雄に……」


「お前、さっきからそればっかりだな。革命なんぞより、自分がチヤホヤされたいだけだろ、ナルシストが」


「だ、誰に向かって、そんな口を……僕は、貴族だぞ」


 こいつの天下になっても、世の中はいまと変わらないだろうな。


 フェイトがコーロを見下ろす。

 深く暗い、眼差しで。


「こ、殺すのか? 僕を……」


 フェイトが拳を握った。

 ギュッと目を瞑り、開く。


「そのつもりでした。でも、この人があなたを懲らしめたので、チャラにします」


「……」


「きっとマイリンさんは、復讐なんて望んでないから。みんな仲良く、幸せ。それがあの人の願いだから」


「バ、バカめ……必ず、お前を……」


「私は、いま、己の道を歩む決意をしました。もはやあなたなど、あなた程度の障害など、道に転がる石にもなり得ない」


「こ、この僕によくも!! お前はまだ知らない、反悪役令嬢協会ヴァクシンズはたくさんいるんだ!! もうじき、まもなく、悪役令嬢の時代は終わりを告げる!! 病に冒され狂ってしまった世界は、正常に戻るのだ!! お前の存在など、それこそ石ころのようにーー」


 この期に及んでお喋りなやつだ。


 顎に蹴りを入れて、今度こそ気絶させる。

 殺してやることもできたが、私の手を煩わせる価値もない。

 革命は失敗。おそらく、悪役令嬢協会に知られて罰せられるであろう。


 さて、お喋りはここまでだ。

 フェイトの手を握る。


「行くぞ」


 フェイトは、胸に穴の空いた死んでいる女生徒を見つめて、


「はい」


 私たちと共に、この場から去った。







 愛馬を回収し、学校からだいぶ離れた丘まで逃げた。


「では答えてもらうぞ。マリアンヌのこと。どうすればあいつに会える」


「それが……私もぼんやりとしか思い出せないんです。あの人の顔とか、声とかしか」


「はあ?」


「あの、すみません。いろいろあって、記憶が朧げで」


「……はぁ」


 助け損だ。

 それとも嘘か?


「ならお前に用はない。お前の人生を潰す」


 脅しても、口を結んだままだった。

 本当に知らないのか。

 命乞いのために適当なことを言うよりかは、マシだが。


 フェイトは、恐れを抱いた様子もなく、喋り始めた。


「あなたが私をどうしようと、構いません」


「ゴブリンにする」


「ですが、ひとつだけお願いを聞いてくれませんか?」


「お願い?」


「待ってほしいんです。私が、やるべきことを終えるまで」


「なんだ、やるべきこととは」


「悪役令嬢協会を、変えます」


 覚悟を秘めた、眩しい眼差しだった。

 変える? 正気かこいつ。

 本当に、変な悪役令嬢だ。


「ヴァクシンズにでも入るつもりか」


「いいえ、あの人たちは……なんだか信用できないですから。私のやり方で、頑張ります」


「やり方って?」


「極力暴力に頼らずに悪いことをやめさせて、普通の、正しく優しい令嬢になってもらいます。具体的にどうするかは……まだわかりませんけど」


「無駄だ」


「でも、可能性はゼロじゃないはずです」


「ゼロだよ。悪役令嬢どもを甘く見るな」


「それでも、やります。可能性がゼロでも、挑戦しない理由にはならないから。……なので、私に何かするなら、その後にしてほしいんです。逃げも隠れもしません」


 バカげてる。

 それはつまり、協会のトップに立って長きに渡る悪役令嬢信仰を終わらせることを意味しているんだぞ。


「もちろん、マリアンヌのことで何か思い出したら、お話します」


「どうしてそこまで……」


「みんな仲良く、幸せハッピーな世界にしたいから」


「ったく……」


 どうせすぐに諦めるだろう。

 とはいえ、現役の悪役令嬢が側にいるのは何かと好都合か?

 それに、マリアンヌのことも思い出すかもしれない。


 というか、思い出してもらわなくては困る。


「わかった、手を出せ」


 フェイトが右手を差し出した。

 その人差し指を、ナイフで軽く切って、滴る血を吸う。


 これで、発動条件は満たした。


「パニッシュメント・カラー」


 フェイトの体が淡く光った。


「これで、お前の位置は常に把握できるし、私の合図一つで体がバラバラに破裂する。いいな?」


「はい」


 動揺すらしていない。

 ずいぶんなメンタルだ。


「あのあの!! 私ラミュっていいます!! もしかして悪役令嬢辞めるつもりですか!?」


「え、いえ、悪役令嬢の立場は便利だと思うので、まだ……」


「そうですかぁ。ちぇ、代わりに私が悪役令嬢になろうと思ったのにぃ。あ!! てかあなたが協会に直訴すればいいんですよ!! ラミュ・メチャカワイイの追放を取り消せってぇ!!」


「え? え?」


 また追放されるのがオチだろ。


「ラミュ」


「はい!!」


 お、命令してないのに黙った。

 かくして、私に新たな仲間が加わってしまったのだった。


 悪人であるはずのこいつの身になにがあったのかは……あとで聞くとする。




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※あとがき


フェイトみたいな子がしょっちゅう現れていたのが、悪役令嬢時代の草創期ってわけです。

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