第14話 フェイト② 処刑ルート

※まえがき

今回も三人称です。

ちょいと長めです。


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 フェイトはとりあえず部屋から出た。

 まだ寝間着から着替えてもいないが、そんな余裕はない。


 腰巾着の女子に連れられて、走る。


「あの、コーロさんが私を殺すって、どういうことですか?」


反悪役令嬢勢力ヴァクシンズだったんですよ!!」


「ヴァクシンズ?」


 知らない単語だった。

 記憶を掘り起こしてみても、無駄だった。


「それって、どういう……?」


 瞬間、


「ファイヤーボール!!」


 前方から男子生徒が飛び出し、魔法の火球を放った。

 火球は女子生徒に直撃し、吹っ飛ばす。

 制服が燃え、女生徒は悲鳴を上げながら急いで服を脱ごうとする。


「ぎゃああ!! 熱い!! 熱い!!」


 ゾロゾロと男子が集まってくる。

 女子寮に男が立ち入るのは校則違反だが、それを無視して現れたということは、本気だということ。


 引き返そうとしたが、


「え」


 今度は女子たちが続々と現れて、壁となった。

 みんな、フェイトを睨んでいる。


「あ、あの、私……」


「この日をどれだけ待ちわびたことか」


「ようやくお前の首を切り落とせるわ!!」


「悪役令嬢の時代は終わりだ」


 思考が追いつかなかった。

 この世界において、悪役令嬢とは絶対ではなかったのか。


「まさか、処刑ルート? こんな早くに?」


 男子側の群れをかき分け、コーロが姿を見せた。

 手に持った剣は、すでに先が赤く濡れている。


「コーロさん!!」


「君がおかしくなって、計画がだいぶ前倒しされたよ」


「へ?」


「僕の家はね、実は反悪役令嬢勢力ヴァクシンズなんだ。ナイショだけどね。……僕はこの学校で、少しずつ仲間を増やしていた。学校は外界から隔絶されているから、やりやすかったよ」


「……」


「君が、もはや実家と連絡すら取れないほど壊れたと分かり、実行するに至ったわけだ」


「実行?」


「悪役令嬢たる君を処刑し、その首を見せしめとする。くく、世界各地に隠れている同志たちも勢いづくだろう。だって!! はじめての悪役令嬢殺しなんだからね!!」


 コーロが歯を見せて笑う。

 まるで邪悪な悪魔。

 フェイトは腰を抜かし、ガタガタと震えた。


「そ、その剣は……」


「あぁ、これ?」


 コーロは口角を上げながら、剣先を見せつけた。


「まぁ、まだ君を慕う連中がいるからさ。ほら、悪役令嬢って、神の使い扱いされてるし」


「そんな……」


 ハッと、フェイトは気づいた。

 肉の焼けた臭いに気づいた。

 火球を受けて火傷した先ほどの女生徒が、静かになっている。


 まだ、服が燃えているのに、ピクリとも動かない。


 まさか、まさか。


 フェイトの脳細胞が全力で働き出した。

 このままでは本当に殺される。

 生き残る術はないのか。

 これは処刑ルートなのか。

 まだ一週間しか経ってないではないか。


 いますぐにでも悪役令嬢をやめられないのか。

 自分に何ができる。どんな魔法が使えるのかも、把握できていないのに。


 だれか、だれかーー。


「た、助けて!!」


「君を殺す。ようやく殺せる。そして僕は、英雄に!!」


 瞬間、誰かが駆け寄ってきた。

 額に包帯を巻いた女子。

 マイリンだ。


「フェイトさん、立って」


「マイリン……さん?」


「私の魔法で道を切り開くわ」


 コーロが叫ぶ。


「マイリン!! 何を考えているんだ!! 何故そいつを助ける!! 君だってこちら側だろうに」


「あなたこそ、フェイトさんは婚約者でしょ?」


「昨夜伝えただろう。僕が愛しているのは君だ。君だって僕が好きなんだろう?」


「……」


「あぁ、そういうことか、くく、くはははは、わかった、わかったよマイリン。自分の手で殺したいのか」


 マイリンは手をかざすと、


「フラッシュ!!」


 眩い光を放った。

 全員の視界が塞がれているうちに、フェイトはマイリンに手を引かれ、走り出した。





 逃げる。

 とにかく逃げる。


 寮の階段を降りて、一階へ。

 女子が近づいてきた。

 どうやら味方のようだ。


「フェイト様、外は先生たちが囲んでいます」


「先生までも……」


「というより、先生同士で殺し合っているのです」


 外から断末魔が聞こえてきた。

 私を守ろうとする教師と、殺したい反勢力の教師が戦っているのだ。


 まるで戦争だ。

 そこまでして自分を殺したいのかと、フェイトは失笑してしまった。


「物置部屋に、使ってない地下室への扉があるわ。そこへ逃げましょう」


「は、はいマイリンさん」


 二人は物置部屋に逃げ込み、古く錆びついた地下室への扉を引く。

 だが、建付けが悪いのか、ビクともしなかった。


「フェイトさん、攻撃魔法は使える?」


「えっと、ごめんなさい」


「あ、じゃあ悪役令嬢拳法は? アレなら鉄の扉くらい破壊できるよね?」


「すみません。よく覚えてなくて」


「うーん、参ったね。コーロたちが寮から出るのを期待するしかない。フェイトさんを捜しに校舎まで行ってくれたら、裏口から出てもバレないと思う」


「本当にみんな、私を殺すつもりなんですか」


「うん。間違いない。だってフェイトさん、相当恨まれているだろうし、学校の人間の多くがヴァクシンズに染まってる」


 自分は関係ないのに。

 全部、以前のフェイトがやったことなのに。


 不満が溢れ出す。

 不条理だ。

 こんな目に遭うくらいなら、記憶なんて戻らなければよかった。


 ふと、マイリンを一瞥する。


 彼女はどうなのか。

 マイリンだって、フェイトを恨んでいてもおかしくない。


「な、なんで私を助けるんですか?」


「え?」


「だ、だってマイリンさん、私にイジメられていたんですよね? 恋敵なんですよね? 頭の傷だって……それに、コーロさん側だってさっき!!」


 マイリンが視線を落とす。


「まあ、ね。正直、私もフェイトさんが嫌いだった。すごくすごく嫌いだった」


「まさか、自分の手で私を殺すために……」


 あと少しで助かる、そんな希望を抱かせてから裏切り、殺すつもりなのだろうか。

 精神的にもかなり苦痛なやり方だ。


「違うよ。違う違う」


「でも……」


「うーん、なんだろう。フェイトさん、一週間前から様子が変じゃない? まるで別人みたいになって、ビクビクして」


 実際、前世の人格が目覚めたのだから、間違ってはいない。


「そのときね、もしかしたら、って期待したの」


「私に、取り入るとか?」


「半分正解かも。言葉にしづらいんだけど、いまのフェイトさんは、何も知らない子供みたいだから、良い方向に変えられるんじゃないかって」


「良い方向?」


「これまでの嫌な女から、優しくて、本当の意味でみんなから慕われている人に」


「それで、積極的に話しかけてくれたんですか? あなたをイジメた私を?」


「うん。コーロにも同じこと言ったんだけど、バカにされちゃった」


 理解できなかった。

 もし自分が逆の立場なら、しめしめとほくそ笑んでいただろう。

 仕返しだって考えたはずだ。


 なのに、目の前にいるこの女はーー。


「そんな綺麗事を、期待したんですか?」


「するよ。だって、みんな仲良く幸せなのが、一番ハッピーなんだから」


「……」


「こんな状況で言うのもアレだけど、フェイトさん、私と友達になろう。学校のみんなとも友達になろうよ。私がどうにか説得してみる。コーロだって、私が真剣に話せば、たぶん」


「友達……?」


「やり直すんだよ。はじめて出会ったときから、また」


 涙が流れた。

 ボロボロこぼれた。


 死んで、フェイトに転生して、記憶が戻って、戸惑いに苦しみ、地獄に叩き落されようとしている刹那に差し込んだ、一筋の光。

 こんなにも優しい人間、前世でも出会ったことがない。


 報いたい。マイリンのためにも生き延びて、自分はもう過去の自分とは違うのだと、悪役令嬢なんて辞めてやると声を大にしてコーロたちに伝えたい。

 そして、彼女が望んだ夢を、叶えたい。


「なります。マイリンさんの、友達に」


「やった!! ふふ、いつか、私たちで世界を変えられたらいいね。身分の差はあっても、みんな仲良く幸せハッピーな世界に」


「……はい!!」


 そのための架け橋になってやる。

 そう決意したとき、物置部屋の扉が開いた。


「ここにいたのか」


 コーロたちだった。

 彼の手が、誰かの髪を引っ張って引きずっている。

 先ほど、外に出ないよう忠告してくれた女の子だった。


 顔が酷く腫れている。


「半殺しにしたら話してくれたよ、君らの居場所」


「ひ、ひどい……」


「君がやってきたことに比べたらマシさ、フェイト・ハノーナ」


 マイリンが前に出る。

 両腕を広げて、フェイトを守る。


「コーロくん、一旦落ち着こう。話し合おうよ」


「君には失望したよマイリン。一週間前まで、僕らはあんなにも愛し合っていたのに」


「私の好きだったコーロくんは、もういないんだね」


「悲しいな。悲しいくらいに愚かだ。これから英雄になる男に牙を剥くなんて」


「フェイトさんは殺させない。いまのフェイトさんは、以前のフェイトさんじゃない!!」


「だからチャンスなんだ。……サンダースピア」


 コーロが魔法によって生み出した雷の槍が、


「じゃあな、裏切り者」


 マイリンの胸を貫いた。

 ガクンと膝から崩れ落ちて、フェイトの方へ振り向く。


「フェイト……さん……」


「うそ……」


「み、みんなと、ともだ……」


 マイリンが力尽きる。

 生命の源が体から抜けるように、赤い血が地面を染めていった。


「いやああああああ!!!!」


「さーて、まずは足を折り、逃げられないようにするか」


 コーロが近づいてくる。


 足音が大きくなる度に、フェイトの脳内がマイリンへの謝罪で埋め尽くされていった。

 自分を助けなければ死なずに済んだ。

 それもある。


 だが同じくらいに、彼女の信念を否定している自分がいるのだ。


 許さない。

 こんな人生、こんな結末、こんなやつら。

 許さない。殺してやる。呪ってやる。

 仲良くなんぞするものか。


 殺してやる。絶対に殺してやる。

 ぶち殺してやる。


 お前たちが恐れ慄いていたフェイトに、戻ってやる!!


 闇に満ちた瞳がコーロを見上げる。


 そのとき、寮の裏手の方から爆発音が轟いてきた。


「やった!! やりましたよフユリンさん!! だから言ったじゃないですかぁ、私の魔法は1%の確率で狙った場所を爆破できるってぇ!!」


「残りの99%で何人ふっ飛ばしているんだか」


 知らない人の声がする。

 女の声だった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


長くなってごめんなさい。

どうしても一気に描きたくて、つい。


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