第13話 フェイト① 前世の記憶を持つ女

※まえがき

今回は三人称です。


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 フェイトは嫌な女であった。

 気に食わない同級生はとことんイビリ、欲しいものはなんでも手に入れる。

 典型的な悪役令嬢だった。


 一週間ほど前までは。


 ある日、フェイトは廊下でうっかり転んでから、人が変わった。

 思い出したのである。『前世』の記憶を。

 代わりに、フェイトとしての人生の思い出が、薄らいだ。


「フェイト様、おはようございますっ!!」


「ひっ!!」


 全寮制の魔法学校にて、廊下ですれ違った上級生が挨拶をしてきた。

 ピンと背筋を伸ばして、額には汗が滲んでいた。


 嫌な汗をかいたのはフェイトもである。

 知らない人たちが声高らかに挨拶を交わしてくる生活、未だに慣れない。


「お、おはようございます」


「本日も、桃色の髪が可愛らしいですね!!」


「あ、あはは」


 その後もみんな、フェイトが通ると姿勢を正した。

 年齢は関係ない。年下も、年上も、教師も。

 教室に入れば、一斉に立ち上がって深々と頭を下げてきた。


 向けられる笑顔は、ぎこちない。


「「「おはようございます、フェイト様」」」


「どうも、です」


 フェイトは肩身の狭さを感じながら、自分の席に座った。

 この学園、正直、気味が悪い。


 クラスメイトの女たちが集まってくる。


「フェイト様、今朝提出の宿題、やっておきました」


「ノート、写しておきました」


「先日仰っていたダイヤモンドのペンです。頑張って手に入れました」


 どうして彼女たちが自分に尽くしてくれるのか、フェイトは知っていた。

 自分が悪役令嬢だからだ。

 権威の怪物だから、恐れているのだ。


 それは理解できるし、納得している。

 だからといって、この状況を楽しむ気にはなれないが。


「あ、ありがとうございます。でも、宿題なら自分でやりましたよ」


「「「え……」」」


 女たちが青ざめていく。


「も、申し訳ございません。なにか至らぬ点がありましたでしょうか!?」


「そういうわけじゃ……」


 不可解なのは、悪役令嬢という特異な属性。

 悪役令嬢協会などというバカげた組織。


 どうして悪役令嬢をそこまで崇め奉るのか、わからない。


 本来、悪役令嬢とはやられ役に過ぎないはずなのに。

 最終的に断罪されるものであるはずなのに。


 少なくとも、フェイトの『前世』においては、悪役令嬢とはそういうものであった。

 

 そもそも、『悪役令嬢』という名称が一般化していることも、おかしい。

 だってこの世界は……。


「フェイトさん、おはよう」


 別の女が隣に座った。

 額に包帯を巻いた令嬢の子。

 ぎこちなさなどない、自然な笑顔が特徴的な女であった。


「おはようございます、マイリンさん。あの、おでこ、大丈夫ですか?」


「え? ふふ、うん」


 人格が変わる前の記憶は、いまでもうっすら残っている。

 マイリンの額の傷は、かつてのフェイトがつけたのだ。

 彼女を怒鳴り、突き飛ばして、机の角にぶつけて切ったのである。


 自分がやったわけではないが、変な罪悪感を覚えてしまう。


「本当にごめんなさい。回復魔法が使えたら……」


「いいの。どのみち、怪我や病気は魔法で直さない主義だから」


「すみません」


「何度も謝らなくていいよ。反省してくれているならそれで。……それよりさ、昨日話した本持ってきたから、貸すね」


「あ、ありがとうございます」


 マイリンは普通の令嬢だ。

 辺境の、田舎に住む貴族の一人娘。


 それが気に食わない昔のフェイトは、散々彼女に嫌がらせをしてきた。

『死ね』なんて最低な言葉を、平然とぶつけてきた。

 記憶を辿れば浮かび上がる、泣いているマイリンと笑っているフェイトの姿が。


 たくさんイジメてきたはずなのに、どうしていま、彼女は自分に話しかけるのだろう。

 それもまた、理解できない。


 後ろから、誰かの話し声が聞こえる。


「マイリンさん、怖い人ね」


「最近フェイト様の調子が悪いから、いまのうちに取り入ってるんじゃない?」


「きっといつか恨みを晴らすつもりよ」


 そうなのだろうか。

 そうかもしれない。


 それでも、フェイトは構わなかった。

 どんな理由であれ、比較的対等に接してくれるマイリンの存在が、ありがたいから。


「勝手なこと言われてる」


「聞こえてたんですか」


「聞こえるよそりゃ。ふふ、私はただ、フェイトさんと仲良くしたいだけなんだよ?」


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 魔法史の授業を終えて、昼休みに入った。

 学校の中庭にあるベンチでフェイトが休んでいると、


「フェイト」


 学園の貴公子、金髪のコーロが話しかけてきた。

 フェイトの頬が赤くなる。


「コーロさん」


「君は本当に変わったね。聞いたよ、宿題も自分でやるようになったのだろう?」


「あ、まあ、はい」


 コーロが隣に座る。

 フェイトの記憶によると、コーロはフェイトの婚約者だ。

 関係は良くなかった。フェイトの横暴な性格のせいだ。


 しかしいまの人格に変わってから、少しずつだが、コーロに認められつつあった。

 それが少し、嬉しい。


 もしかしてこの先……なんて期待してしまう。


「いったい君に何があったんだい?」


「そ、それは……えーっと、わかりません」


 前世の記憶を思い出しました、とは言えない。


 コーロが自身の前髪に触れる。

 前髪を気にする系男子であった。


「連絡用の通信魔道具で、実家に連絡したの?」


「いえ、使い方、ハッキリ思い出せなくて」


「ふーん、そっか。記憶障害なのかな。……じゃあ君は、ロクに助けも呼べないわけだ、困ったね」


「そうなります」


「まあ、なにはともあれよかったよ、君がマトモになってくれて」


 コーロが優しく微笑んだ。


「いまの君となら変えられそうだ。この世界を」


「は、はい」


「そして僕は、英雄になる」


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 その日の夜。

 フェイトは宿題を済ませ、ランプを消す前に、寮の部屋の窓から星空を見上げた。

 前世では見たこともない美しい夜空。

 これだけでも、生まれ変われてよかったと感動する。


 ふと視線を落とす。

 中庭にある樹の下で、マイリンとコーロが抱き合っていた。


 何やら悲しげな表情で、マイリンに至っては泣いてすらいる。

 あぁ、とフェイトは察した。


 きちんと自分は悪役令嬢であった。

 おそらくマイリンこそ幸せになるべき令嬢で、自分はただのかませ犬。


 コーロはマイリンの運命の相手なのだろう。


 きっとこのあと、自分の婚約は破棄されて、二人はくっつくのだ。


 ショックではあったが、不思議とすぐに立ち直ることができた。

 しょせん、一週間程度の関係だからだろうか。


 なにはともあれ、フェイトは吹っ切れた。

 気味の悪い世界だが、自分は正真正銘の悪役令嬢。

 これからは善人として生きて、死亡フラグを回避し、どうにか幸せになろう。


 せっかくだから魔法を極めて、冒険などしてみたい。



 そう決意して、眠りにつく。

 翌朝、


「フェイト様!!」


「ど、どうしたのですか?」


 寮の部屋に、見知った女子生徒が大慌てでやってきた。

 言葉を選ばぬなら、フェイトの腰巾着のひとりだ。


「コーロ様たちが、フェイト様を殺そうとこちらに向かっています!!」






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※あとがき


次回も三人称です。

真の主人公登場、って感じですね。

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