第11話 マーチン③ 微かな手がかり

「生きているみたいね!!」


 寝室にパッチが乱入してきた。

 よくわからない三人に加えてこいつまで。

 頭が痛くなってきた。


「あっ!! フユリン!! この前はよくもやってくれたわね!!」


「……」


「あれからこの私がどれだけ屈辱的な目に遭ったか……。うぅ、思い出すだけでも涙がでるわ」


「そうか」


「しかーし!! 研究者とは一度や二度の失敗でへこたれるようなスライムメンタルでは成り立たないのよッッ!! というわけで、私は挫折することなく悪役令嬢パワーを集めて集めて、集め続けるわっ!!」


「頑張れ」


 ラミュが前に出た。


「やいやいやい!! 私たちの邪魔をしようってんならーー」


「ラミュ、静かに」


「はい!!」


 パッチがマーチンを見やる。


「てなわけで、あなたの悪役令嬢パワーを貰うわ」


「な、何なのよあんた……」


 本当に何なのだか。

 ラミュがまた前に出た。


「待ってくださいよ!! その前に私が脅します。コラァ!! 私を悪役令嬢にーー」


「黙れ」


「ひぃん!!」


 確かパッチが悪役令嬢パワーとやらを吸うと、老化か死ぬかするのだったな。

 じゃあそれでいい。悪役令嬢の人生が潰れてくれるなら、それで構わないから。


「ならお前はマーチンをやればいい。私の目的も達成される」


「最初からそのつもりよッッ!!」


「だがその前に。……マーチン、答えろ、マリアンヌの居場所を」


 マーチンが眉を潜める。

 それからメイドの方を一瞥して、首を横に振った。


「し、知らないわ」


「ここはマリアンヌの故郷なのだろう」


「知らないものは知らないわよ!! 確かにマリアンヌ様はここで育ったけど、それは三歳までの話し。それからは親共々一度だって帰ってきたことがないんだから!!」


「……そうか。パッチ、もうやっていいぞ」


 パッチが手をかざす。


「アースプロジェクト」


 マーチンが、徐々に枯れていく。

 髪がどんどん白んで、肌の張りが失われて、シワが増えた。

 見事なまでに、高速で老化したのだ。


 パッチの手に、小さな光の玉が出現する。

 あれが、悪役令嬢パワーなのか。


「おやおや〜? なんだか小さいわね。うーん、これじゃ一般人と大して変わらない。まあいいわ!! さっそくこれを持ち帰って、研究室にある悪役令嬢パワーの塊に取り込むわ!! おさらばっ!!」


 嵐のようにやってきた女は、こちらの反応を待つことなく窓から逃げていった。


「悪役令嬢マーチン、先にやられちゃいましたね」


 老婆となったマーチンは、心まで老化したのか、ぼーっとメイドを見つめていた。

 泣くわけでもなく、困惑するわけでもなく。日向ぼっこをする老人のように。


 メイドが口を開く。


「マーチン様、なんて可哀想に。これで満足でしょう。はやく出ていって」


「あぁ、できれば私もそうしたかったが、どうやらそういうわけにもいかないらしい」


「……は?」


「どうもキナ臭い。そこの伯爵のセリフ、マーチンのお前への愛情……というより忠誠。パッチの収穫が想像以下だったこと」


「な、なにを言っているの!?」


「お前にパニッシュメント魔法を使う」


「なんでよ!! なんで私まで!!」


「その質問の答えは私が知りたい。……お前、何者だ?」


 憶測に過ぎない。

 確信はない。

 証拠や証言を集めることはできるだろうが、そんな時間的余裕はない。


 だからこいつをゴブリンにする。

 マーチンとメイドのこいつ、両方潰せば、私もスッキリできる。


 一歩近づく。


「ふ、ふざけないで!! 私は無実よ。なにもしていないわ!! 民を苦しめているのは、そこの女よ!! 私だって好きで従っていたわけじゃない!!」


 その激昂が引き金だった。

 老婆となったマーチンの頬を、涙が伝ったのだ。


「の割には、お前も随分お溢れを貰っていたんじゃないのか? こんな乱痴気騒ぎにまで参加して」


「そいつの命令よ!! 本意じゃなかった」


 伯爵の様子を確認する。

 妻が老婆になったはずなのに、まったく取り乱してもいない。


「おい、そこの男。そこにいるメイドを殺す代わりに、愛する悪役令嬢の妻を元に戻してやる、と言ったら、どうする?」


「あ……え……?」


「どうするんだ」


 伯爵はガクガクと震えだすと、頭を床にこすりつけて、嗚咽を漏らした。


「頼む、真実を話すから僕の妻を殺さないでくれ。お金ならいくらでもやる。君たちのことは誰にも話さない」


「つまり、メイドを殺してマーチンを治せということか?」


「違う!! お願いだ、僕には彼女しかいないんだ……」


 なるほど、そういうことか。

 メイド……いや、本物のマーチンが、伯爵の頭を踏みつけた。


「ふざけるなこのバカ!! バカが!!」


「だ、だってこのままじゃ君が……」


「何なんだよどいつもこいつも!! 意味わかんねーだよ!! こういう、こういうときのための対策だったのに!! わけわかんねえバカ共のせいで!! くそっ!!」


 悪役令嬢は恨まれることも多い。

 そのための影武者。

 危険は別人に押し付けて、自分は旨味だけを吸う。


 つくづく、悪役令嬢だ。


 しかし危うく、私も騙されるところだった。

 何も知らず立ち去ってしまうところだった。

 そうなれば、後から気づいて再度接近するのは困難となっていただろう。


 本当に、このおかしな状況に助けられた。

 本物のマーチンを愛しすぎる二人と、アホの魔法研究科に。


 マーチンが、老婆となった影武者をビンタした。


「お前もお前だボケナス!! 犬のクソより役に立たないなら、いまここで私が殺してやる!! このカスッッ!!」


「随分な物言いだな。責任を押し付けるだけ押し付けて、セコい女だ」


「喋るな!! この痴れ者がッッ!!」


「……では、さっさとお前をゴブリンにする」


「あんたらの思い通りになんかならないわ。私はマリアンヌ様に並ぶべき女よ。私は賢い女だもの!! こんな、こんな片田舎で収まって良い器じゃないのに!!」


「あいつを褒めるのは癪に触るが、マリアンヌはもっと狡猾で賢しい女だ。ちょっとしたアクシデントでボロを出すようなお前じゃ、どのみち悪役令嬢協会のトップ層にはなれない」


「たまたま私の正体を見破れただけのクセに。お前もしょせんは私の策に負けたバカでしょうがよ!!」


「まさか影武者なんぞ用意する悪役令嬢がいるとは想像もしていなかった。他の連中はみんな、自分が悪役令嬢だと堂々と名乗る肝の据わったやつらばっかりだったから。……ふんっ、こんな『臆病者』は、お前だけだろうよ」


「うるさい!! 私の悪役令嬢拳法をーー」


「黙るのはお前だ。パニッシュメント・バインド」


 魔法の縄で拘束し、


「エレクトリック」


 電撃で痺れさせた。


「ぎゃあああああああッッ!!」


「質問に答えろ。マリアンヌはどこにいる。どうすれば会える」


「私は……私は……こんなところで……こんな……」


「答えろ。そうすれば助けてやる」


「あいつなら知っているわ……リシオンなら」


「リシオン!?」


「あいつは……マリアンヌ様の……」


 なぜこいつが姉さんの名前を知っている。

 マリアンヌの何なのだ。

 姉さんに何があったんだ。


「ねえさ……リシオンはどこにいるんだ!!」


「……ふふ、ふふふふふ」


「おい!!」


「私は悪役令嬢よ。下賤なものにこれ以上、媚はしないわ」


「ちっ」


「やるならさっさよやりなさいよ!!」


 バカが。

 望み通りにしてやるよ。


「パニッシュメント・メタモルフォーゼ!!」


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 それから私たちは屋敷から逃げ出した。

 バイデゴの悪役令嬢、マーチンは潰した。


 馬を回収し、街から出る。

 私の後ろにいたラミュが、問いてきた。


「誰なんですか? リシオンって」


「お前には関係ない」


「ちぇ」


「……ラミュ、お前には兄弟はいるか?」


「フユリンさんには関係ありません」


「そうだな」


 姉さんは生きている。

 不安だったが、間違いない。

 きっと父さんや母さんも。


 必ず捜しだす。

 そして、必ずーー。





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※あとがき


みんな悪女なりに誇りを持っているので、影武者は用意しないのです。

応援よろしくお願いしますぅ。

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