第10話 マーチン② 違和感とメイド

 これから私たちは悪役令嬢マーチンの屋敷に忍び込む。


 正味、単独での正面突破をしようと思えばできるのだが、パニッシュメント魔法は発動する度に寿命が減る。

 なので悪役令嬢に会うまでは、可能な限り敵に遭遇したくない。


 夜、私とラミュは街に設備された水路の一本を、逆走していた。


「うぅ、冷たいですう」


「濡れるのは足首までだろ。新しい川を作ったことで、こっちに流れる水が減り、水位が下がっている。通るならここしかない」


 この水路を辿れば、屋敷の地下に出られる。

 水回りのインフラを整備したのが裏目になったな。


「うぎゃっ!! いまなにか足に触れました!! 触れました!!」


「静かにしろ。じゃなきゃ宿に戻れ」


「くぅ〜、悪役令嬢を脅して私が悪役令嬢に戻るために、我慢しなくては……」


 なにがこいつをそこまで駆り立てるのか。

 悪役令嬢に戻ったら私にゴブリンにされるって、忘れているのか?


 忘れているのだろうな。





 それから無事に屋敷の地下に侵入し、一階まで上がる。


「ラミュ、ピッタリと私の後ろをついてこい」


「女は黙って一歩後ろを歩け、ってことですか? 失望しました、フユリンさんの仲間やめます」


「勝手にやめろ」


 この状況で亭主関白を発揮するわけないだろうが。

 そもそも亭主でもないし。

 仲間でもない。


「だいたい悪役令嬢のいる屋敷には、警備魔法が掛けられている。魔法の糸のようなものが張り巡らされているのだ。魔法を使えば、その隙間を見ることができる」


「あ、なるほど〜」


 警備魔法に頼っているから、見回りなどほとんどいない。

 マーチンがいる寝室の場所はわかる。

 どの屋敷も、主人の寝室はおおよそ同じようなところにある。


 階段を上がり、廊下を渡ると、大きな観音扉の前に二人の騎士がいた。

 他所より厳重な警備。間違いないな。


「お、お前たち、何者だ!!」


「バインド」


 手っ取り早く二人を縛り、扉を開ける。

 中には……。


「うわ」


 裸の男女が数名、盛っていた。

 全員の視線がこちらに向く。

 目隠しをされて縛られている男も、音を頼りに首を動かす。


 ラミュが手で目を覆う。


「うぎゃあああ!! なんですかこれーーっ!! この前もお楽しみの最中に乱入しちゃいましたよね私たち!!」


「黙れ」


「はい!!」


 まあ、なんというか、夜だし、仕方ないか。

 うん、冷静になってきた。


「なんだお前ら!!」


 裸の男たちが迫ってくる。

 もちろん、バインドで拘束した。


「マーチンはどっちだ」


 二人の女性を睨みつけた。

 椅子に座っている黒髪の女か、ベッドで横になっている金髪の女か。

 黒髪の方が、金髪を指さした。


「か、彼女よ」


「そうか。お前は?」


「わ、私はマーチン様のメイドです」


「ずいぶん簡単に主人を差し出すのだな」


 メイドが黙る。

 代わりに、マーチンが怒りに顔を歪めて立ち上がった。


「無礼な!! 何者よあなた達」


「お前を潰しにきた」


「わ、私を? 誰の差し金よ。こんなことをしてただで済むと思っているの!?」


「お前がやってきた悪行に比べれば可愛いものだろう。町人を奴隷のようにコキ使って」


「ぐっ……」


 マーチンの顔がどんどんと青ざめていく。

 それでいて、死を覚悟したかのように、グッと唇を噛み締めていた。

 妙だな、普通の悪役令嬢なら、変な拳法やら魔法で抵抗してくるのに。


「まあいい、お前はすでに、私に恐怖している。発動条件は満たした」


 パニッシュメント・メタモルフォーゼを使って、さっさと終わらせよう。


 マーチンはグッと拳を握ると、黒髪のメイドを見つめた。


「愛しています」


 メイドが頷く。

 どうやら自分のメイドには優しかったらしい。


 一方、ラミュは縄で縛られて目隠しをされている男に近づいていた。


「口まで塞がれていますよ。きっとイジメられていたんですね。助けてあげます」


 ラミュが猿ぐつわと目隠しを外す。


「マーチン、君は逃げるんだ!! 僕の伯爵拳法で不届き者を成敗してくれる!!」


 と、メイドの方を向いて吠えた。

 空気がピンと張り詰める。

 私も数秒、思考が硬直してしまった。


 まず、こいつ伯爵だったのか。

 縄で縛られているのに拳法なんぞ使えないだろう。

 それに、いまこいつ、メイドに向かって……。


「ん〜?」


 ベッドにいるマーチンが、拳を振り上げた。


「さあ!! 私を殺したいなら早くしなさい!! でないと悪役令嬢拳法を使うわよ!!」


「え、あ、あぁ」


 なんで殺されたがっているのだ、こいつ。

 伯爵が「あ」と声を漏らした。


「そうだ!! 殺すならそいつにしろ!!」


「……お前の妻だろ?」


「そ、そうではあるけど!!」


 メイドが大仰にため息をつく。

 三人はどういう関係なのだろう。


 深く考える必要もないか。


「よし、じゃあ」


 そのとき、寝室の窓を突き破って、黒い塊が飛んできた。

 もしや、これは……。


 塊が爆発する。

 あの女が、窓から入ってきた。

 ここ、四階なのに。


「ようやく見つけたわ!!」


 長い金髪、白いマントにミニスカート。

 謎の魔法研究科、Dr.パッチ・サンダンスが現れたのだ。




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※あとがき


マーチン編は次で終わりです。

ちょっとギャグっぽくなりすぎちゃいましたね。


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