第9話 マーチン① 安全策

※まえがき

今回は三人称です


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 マーチンは絵に描いたような悪役令嬢であった。

 欲しいものはなんでも手に入れてきた。

 甘いお菓子も、綺麗な服や装飾品も、絵画も、果ては他人の男すら。


 己の地位と市民の血税を、最大限利用する女であった。


「見なさいアギレラ。もうすぐ蕾が開花するわ」


「そうですね、お嬢様」


 メイドのアギレラと共に、自慢の庭園を眺めていると、


「マーチン様!! 労働組合の者がどうしても話がしたいと、これを」


 警備の騎士がやってきて、硬貨がたんまり入った袋を差し出した。


「庶民が私に直接会いたいと?」


 メイドのアギレラが耳打ちする。


「金を積めば許すと仰ったのは、お嬢様ですよ」


「そうだったわね」


 庶民たちは、バイデゴが実質マーチンの支配下にあることを知っていた。

 領主を継いだ伯爵がマーチンにすっかり惚れ込み、彼女の思うがままになっているからだ。


 伯爵はもはや傀儡。

 他所から嫁いできたこの女こそ、バイデゴの女王であった。


 三人の薄汚れた中年男性が、他の騎士に連れられ庭園に入ってくる。


「マーチン様、どうか、どうか毎月の徴税額を減らしてください」


「……」


「みな苦しんでおります。あなたが望む通り、一日も休むことなく採掘し、立派な建物も建設してきました。あなたが望む美しい街にしてきました。ですからどうか」


 男たちが跪く。

 マーチンは、無表情であった。


「無礼ね」


「は?」


「金を出せば私に意見ができる。けど、庭園に入っていいとは、一言も言ってないのよ」


 絶望が男たちの血を冷ました。


「失せなさい」


「……くっ!! この悪女が!! 死ねえ!!」


 三人の男たちがナイフを取り出し、マーチンへ突っ込んだ。


「なっ!?」


 思わず腰を抜かすマーチンを守るため、警備の騎士が慌てて男たちを斬り殺した。


 悪役令嬢に対し明確な殺意を示す者は、この街では意外と少なくなかった。

 気を抜けば団結されて処刑台送りにされるだろう。


 それでもマーチンは己を変えるつもりはない。

 変えてはならない。

 だって悪役令嬢だから。


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 夜、屋敷のとある一室に、伯爵夫婦が揃っていた。


 領主たる伯爵は全裸の状態で縄で縛られており、目隠しと猿ぐつわをされていた。

 妻の悪役令嬢は、頬を赤ながら、同じく全裸でベッドに座っている。


 部屋に誰かが入ってきた。

 メイドのアギレラと、ハンサムな騎士たちであった。


「待たせたわね」


 マーチンがアギレラに跪く。

 餌を与えられた犬のように、メイドの足を舐めようと舌を伸ばす。


「ダメよ」


「え」


「殺されかけたくらいで、情けなく腰を抜かすなんて、失望したわ」


「も、申し訳ございません!!」


「今日は私に触れてはダメよ。あなたの痴態を私に見せるだけ」


「うぅ……」


「さあ、はじめましょう」


 週に一度、アギレラたちは淫らに弾ける。

 好みの騎士を集めて、盛大に欲を発散するのだ。


 自分の本当の夫は、マゾヒストなので妻が他人に抱かれている状況に大変満足している。

 そこがまた、アギレラは愛おしかった。


 アギレラ、本名はマーチン。

 彼女こそ、この街の真の悪役令嬢であった。


 マーチンを名乗っている女こそ本来のメイド。

 可愛い可愛いペットの一人。


 すべては身の保身のため。

 己は表立って非難されることはなく、安全に、ただの従者を演じて、利益だけを貪る。


 仮に暗殺されるなら、影武者の方だ。

 万が一、彼女が潰れたのなら、別の可愛いペットをまた、影武者にすればいい。


「ふふ、ふふふははははは!!!!」


 悪役令嬢協会のトップ層だけだ、この事実を知っているのは。

 マリアンヌの故郷バイデゴを世界に誇る街にもしたし、いずれは自分も協会の上層部まで昇進できるであろう。


 安全に、確実に。




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※あとがき


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