第8話 バイデゴの街

 馬に跨って大きな橋を渡る。

 さらに小一時間ほど進めば、バイデゴと呼ばれる街に着く。


 宗教的逸話のある建物がいくつか存在し、毎年大勢の信徒たちが足を運ぶ街だ。

 故に街にはたくさんの宿や飲食店などが立ち並び、その金で新たな聖堂を建築したり、宗教モチーフの美術品を展示する美術館を建てて、さらに利益を得ているのだとか。


 もともとそこはマリアンヌの生まれ故郷であった。

 当然現在はいないが、領主はマリアンヌの親戚筋が継いでいる。

 おそらく、彼女に接近する情報が得られるかもしれない。


「バイデゴにもいるんでしょうかね、悪役令嬢」


「あぁ。後継の侯爵に嫁いできた令嬢が、慈悲もない極悪人らしい。彼女が来てから重税による重税、徹底した市民への弾圧が起こり、人々は苦しんでいる」


「ほえ〜」


「名はマーチン」


「結婚しているのに悪役令嬢なんですねぇ」


「令嬢の定義はさておき、悪役令嬢協会に登録されている以上、私の標的だ」


「登録されているかどうかわかるんですかぁ?」


 懐から冊子を取り出した。


「悪役令嬢カタログの最新版だ。とある城から盗んだ」


「え!? じゃあそこに私の名前も!? つい最近まで悪役令嬢でしたし!!」


「あぁ、もう違うから黒く塗りつぶしておいた」


「なんでですかーっ!! すぐに返り咲くのにぃ!!」


 無理だろう、ラミュでは。


「まったくもう。まあいいです。今度こそ現役悪役令嬢を脅して、私を悪役令嬢に戻してもらいます」


 前言撤回、無理じゃなさそう。

 性格悪いから。


「私が言うのもなんだが、お前は立派な悪役令嬢になれるよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 街に入るとき、私は『流浪の魔法指南者』と偽っている。

 この時代、魔法を使える者は意外と多くはない。

 結局は才能と、学べる環境が重要なのだ。


 もちろん、魔法が使えれば一躍注目される。

 あらゆる分野において、高い地位に立てる。


 誰もがその重要性を知っているから、街に入る際、警備の者に、


『自分に指導を受けたい富豪がいないか、旅をしながら探している』


 とでも言ってみると、案外通してくれたりする。

 もし富豪様が魔法で名を挙げたら、見返りがあるかもしれない。ならば恩を売っておいて損はない。

 そんな風にも考えているのかもしれない。


「今回はいつもより楽に入れたな」


「きっと私のおかげですねえ。良い服を着ているので」


 ラミュは未だに青いドレスを身に纏っている。

 ドレスといっても、ひとりで着付けができる簡素なものだ。


「それに可愛い!!」


「自慢の可愛さで悪役令嬢に戻してもらえるといいな」


「ムキーーッッ!! それができたら苦労はしませんよーーッッ!!」


 小さくて丸っこい顔をしているのだから、ロリコンの貴族か何かに好かれるんじゃないだろうか。


「さっさと悪役令嬢のいる城を探しましょう!! 立派な建物ばかりですけど、どれがお城なんでしょう」


「お前が見ているのは聖堂や騎士の宿舎だ。城は街の奥、丘のてっぺんにある」


「よく知ってますね」


「地図を見れば、だいたいわかる」


「ほえ〜」


「侵入するのは夜。とりあえず、どこかに馬を預けよう」


 適当にぶらぶらと散策する。

 街の至るところを人工の川が流れているせいか、清潔感がある。

 おそらく山から引っ張ってきた水だろう。


 バイデゴの近くにある山は採掘場としても有名で、街の人間の多くが毎日そこで汗水を流しているらしい。


 それにしてもこの街、妙だな。

 宿の数が多すぎるのもあるが、


「なーんか、子供がいませんね」


「いないことはないが、少ないな」


「別の街にでも奉公に出されているのでしょうか」


「違うよ。シンプルに産んでないんだ。子育ては金がかかるからな」


「え」


 大きな聖堂に美術館、立派な生活用水を運ぶ川に宿、街自体は立派だが、人々は幸福ではなさそうだ。


 適当な宿に馬を預け、部屋も借りておく。

 今夜中に城に侵入できる保証はないからだ。


 受付を済ませ、宿から出ると、


「勘弁してください!!」


 向かいにある、別の宿から声がした。

 主人らしき男が、二人の騎士に跪いていた。


「ウチには子供なんていません。私の分の税金はもう払っているでしょう」


「嘘をつけ。見たという証言があるのだ。どの家庭も人数分の税金を払っているんだ、この卑怯者が」


「それは!! 密告制度を利用して税を軽くしようとしている者の嘘です!!」


「黙れ!!」


 騎士が男を殴った。


「フユリンさん、密告制度とは?」


「脱税防止法だ。市民たちで監視し合うんだ。もし脱税した者がいて、それを報告すれば、密告した者の税金がある程度減額される」


「いやな制度ですね〜」


 市民同士で憎しみ合わせ、団結させないためでもある。

 どうやらここを支配している悪役令嬢は、想像以上に卑劣で狡猾らしい。


 はやく潰さなくては。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


てなわけで悪役令嬢マーチン編です。

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