第5話 メルシュ③ 外道の末路

「答えろ、マリアンヌに接触する手段」


「マ、マリアンヌ様!?」


 ゴブリン化したメルシュの顔がみるみると青ざめていく。

 唇をぷるぷるさせて、目に涙まで浮かべている。

 恐怖しているのか。


「そ、それは、つまり、マリアンヌ様を、裏切れと……」


「そんなに恐ろしいか? あの女が。なら、諦めるしかないな」


「あ、会わせる!! 絶対に!! 私があの人に話して、セッティングするわ。だから戻してぇ!!」


「話すだと? いまのお前には無理だろう。私が知りたいのはやつの居場所か、近づく方法だけだ」


「そ、それは……」


「なるほど、そもそも知らないのか。じゃあいい」


「え……」


「あとはそこの女次第だな。あいつが戻せというのなら、考えてやってもいい」


 最初から体育館にいた女を指差す。

 男に囲まれていたやつだ。ライラ、だったか。


 メルシュがライラに近づく。


「あ、あなた、私の友達でしょ? ねえ、さっきのことは詫びるわ。えっと……レイラ」


「ライラです」


「そう、ライラ」


 ライラなる女が拳を握った。

 メルシュが身構える。

 ライラは握った拳を振り上げるとーーメルシュの手を、優しく握った。


「あなたは、私が引き取ります」


「なにを言ってるの、ライラ!! いますぐあの人に私を戻すようにお願いして!!」


「メルシュ様は、人として最低です。罰を受けるべき人だった。でも、私もあなたの権力に吸い寄せられて、同じように他人を笑い、悲しませてきた。だから……これからは、私が面倒を見ます」


 美しき友情、というか自責の念からの反省か。

 彼女がそうしたいならそれでもいい。どのみち、あいつは悪役令嬢には戻れない。

 ならばもう、興味はない。


「ライラ……」


「メルシュ……さま……」


「けっ!!」


 メルシュはライラの腕を引き寄せ、ゴブリン特有の鋭利な爪を彼女の首筋に突きつけた。


「こいつを殺されたくなかったら私をもとに戻しなさい!! いますぐに!!」


 救えないやつ。


「人の道を外れたな。いや、最初からか」


「人の道? バカをおっしゃい。悪役令嬢は神の使い、元より人ではないわッッ!!」


「傲慢なやつめ」


「傲慢なのはァ!! 愚民のくせに私をこんな姿にしたあなたでしょうがよおおッッ!! なぜ下賤な者どもが悪役令嬢に従うかわかるぅ? 怖いからよ。神に縋るしかない者たちにとって、私たちは恐怖の象徴。弱い人間にとって恐れこそ神。神は恐れ!!」


 なにが神の使いだ。

 適当な学者が書いた適当な論文を利用しているだけの嘘つきのくせに。


「私たちが恐怖の象徴であるからこそ、人々は清く正しく、慎ましく生きることができるの。必要悪という言葉をご存知でないようねぇ!! ウケケケーーッッ!!」


 つくづく下衆だな。

 反吐が出る。


「ほら、早く戻しなさい!!」


「いいだろう。パニッシュメント・メタモルフォーゼ・アクセル」


「…………ケケ?」


 メルシュの顔面の筋肉が緩む。

 まるで呑気な獣のように。

 メタモルフォーゼ・アクセルはゴブリン化の進行を加速させる。

 本来、ゆっくり下がっていく知能を、一瞬でゴブリンレベルにしてやったのだ。


「キャキャ!! キャキャキャ!!」


「どうするライラさん。これでもまだ引き取る?」


「……」


 有益な情報は得られなかったが、悪役令嬢を一人潰せただけ良しとするか。

 体育館に警備兵たちが集まってきた。

 騒ぎに気づいて駆けつけてきたようだ。


「逃げるか」


 ラミュがついてくる。


「え、待ってくださいよフユリンさーん!!」


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 街はずれで預けていた黒い馬に乗り、遠く遠くまで逃げ出した。

 私の唯一の旅の友だ。

 名前はない。馬は馬だ。


 私以外が乗ることを許さない優秀な馬なのだが、


「ちょ、ちょっと速いですよ〜!!」


 何故か後ろにラミュが跨っている。

 がっしりと私に抱きついて、落馬しないように必死だ。


「嫌なら降りろ」


「んな殺生な〜。せっかく私が悪役令嬢に戻るチャンスを棒に振ったくせに〜!!」


「私の知ったことではないな」


「もう街にもいられないし……」


「言っておくが、お前の面倒を見るつもりはないぞ」


「えぇ!? そこをなんとか!! 私が悪役令嬢に戻る手助けを〜!!」


 はぁ、変なのがついてきてしまった。

 なんにせよ、私の目的は変わらない。

 すべての悪役令嬢を潰し、マリアンヌに復讐する。


 そして取り戻すのだ、私の家族を。


「ところでフユリンさん」


「なんだ」


「ライラさんはどうするんでしょうね、メルシュさんのこと」


「さあな」


 ダスト地区にいたころ、捨てられた子犬を拾った少年がいた。

 可哀想だから育てる。貧乏だけど大事に育てる。と豪語していたが、翌年には衰弱死させていた。


 まあ、ライラと少年は立場も環境も違うわけだが。


「私には関係ない」




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※あとがき

メルシュの話は終わりです。

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