第3話 メルシュ① とある取り巻きの話。

※前書き

今回は三人称です。


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 ライラは罪悪感に寒気を覚えながら、満面の笑みを浮かべていた。

 眼の前で、涙を流しながら小便を漏らす令嬢と、それを裸で受け止める親友の女子。

 ライラは、その光景をあざ笑う悪役令嬢メルシュと、その取り巻きに混ざるしかなかった。


 周辺の街から集まった貴族や富豪商人の子が集う鳥かご、貴族学校。

 ここには教師や学校長よりも権力を持つ女がいた。


 メルシュ・エッペン。

 センス国グッダグダ州の悪役令嬢長である。


 エリート令嬢の証である悪役令嬢のなかでも、そこそこの地位にある女だ。


「ふははは、なんて酷い女なのかしら。友達にあんなものをかけるだなんて。ねえ、あなたもそう思うでしょ?」


「あ、あはは、そ、そうですね」


 すべてメルシュの命令である。

 二人の大きな笑い声が気に食わなかった、というのが原因である。


 ライラは胸を痛めていた。

 しかし、商人の娘であるライラが学校で生き抜くには、メルシュに気に入られるしかないのだ。

 でなければ、自分より格上の女たちにいじめられてしまうから。





 彼女の金魚のフンが許されるのは五人までと決められている。

 メルシュが気に入った選りすぐり五名。

 さしずめ、親衛隊。


 もちろん、メンバーはよく変わる。


 ちなみに今日は四人しか集まっていなかった。

 もう一人、シャイニーという悪役令嬢のメンバーがいたのだが、悪役令嬢協会の仕事で街に出てから、まだ帰ってきていない。





 メルシュが廊下を歩けば、生徒たちは必ず顔を向け、頭を下げる。

 男だろうが女だろうが、教師だろうが。



 貴族の男子とすれ違う。

 メルシュは立ち止まると、振り返った。


「美しい赤髪の美男子ね。だれ?」


 ライラが答える。


「カミーラ様です」


「カミーラ。名前も素晴らしいわね。夜、私の部屋に来るよう伝えておきなさい」


「え」


「なに?」


「あの、か、彼は……その、私の、こ、恋人でして……」


「……」


 ライラは己の発言を後悔した。

 自分を叱責した。


 確実にメルシュの機嫌を損ねたと、察したから。


「い、いえ、どうぞ、どうぞ。お抱きください。私は一向に構いませんッッ!!」


「確か……以前あなた話してくれたわね。昔馴染みの愛する貴族と結ばれるまで、お互い誰とも契を交わさないと。なんとも美しい話で好きだったわ。だから私はあなたの友人になったのよ。その貴族って彼だったのね」


「……」


「それなのに、私に気に入られたいからって平気で差し出すなんて、薄情ではしたない女」


「だ、だって……」


 メルシュの手にかかれば、商人の家を取り潰すくらいわけない。

 そうなれば家族は……。


「私、あなたみたいに低俗な人間、大嫌いなのよね。しょせん下賤な商人の娘」


 首に縄をかけられたような絶望感が、ライラを襲った。

 他の取り巻きたちも侮蔑の視線を送ってくる。


 メルシュのように見下しているのではない。失態を犯した仲間への呆れであった。


「そんなあなたに相応しい仕事を与えましょう」


「……へ?」


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 放課後、ライラは体育館に呼ばれた。

 メルシュと、三人の男がいた。

 男たちのことは知っていた。

 貴族のくせに頭も度胸もなく、顔も醜い学校の腫れ物たち。


「思うに、彼らは男としての自信がないから身も心も醜いのよ。だから、あなたが自信をつけさせてあげなさい」


「……は?」


「彼らの慰み者になりなさい」


「……」


「同じ醜き者同士、ちょうどいいでしょう。彼らとてこの国の貴族。男として株を上げてもらわないと」


 本心じゃない。

 面白がっているだけだ。


「そ、それだけは……」


「悪役令嬢に逆らうの? なに、従えば悪いようにはしないわ。これまで通り私の金魚のフンにしてあげる。悪役令嬢に付き従えば、あなたも幸せになれるのよ?」


「で、ですけど」


「いいから、やれ。……ほら、お前たちも!!」


 メルシュに睨まれ、男たちがズボンを脱ぐ。

 およそ下着まで下ろしたところで、ライラは目を閉じた。


「どうしたの、屈みなさい」


「あの、メルシュ様!!」


「屈め!!」


 暴力的な言葉の圧に、ライラは膝をついた。

 肩が震える。心臓が破裂しそうだ。


 メルシュはおそらく、自分を親衛隊に戻したりなどしない。


 終わる。女として終わる。

 こんなことなら学校になんて入らなければよかった。


 学と、貴族とのコネクションを得ること。

 それが親への恩返しになると思っていたのに、これではすべてが水の泡。




 かつて悪役令嬢は、悪役とは名ばかりの善人ばかりだと聞いていた。

 わけあって悪を演じていたとか、突然良心に目覚めて行いを改めるとか。


 そんな悪役令嬢、いまはもう存在しない。




 諦めと憎しみの底で、ライラはとある悪役令嬢を思い浮かべていた。

 メルシュに相手にもされていなかった、落ちこぼれの悪役令嬢。


 おバカで臆病なくせに、変なところでポジティブな、小さな女の子。

 ライラの友人、ラミュ。


 彼女は、いま何をしているのだろう。


 高らかに、メルシュが笑う。


「ふははははは!! 私、獣と獣の交尾を見るのが好きなのよねえ。うふふはははは!! さあ犯しなさい。処女を奪って全身に精液の匂いを染み込ませなさい」


「こんな、こんなの……」


「そういえばあなた、名前なんだっけ?」


「っ!!」


 そのとき、


「だ、誰だお前たちは」


 体育館の外から警備兵の声が聞こえた。


「ぐわっ」


 誰かが入ってくる。

 銀髪の女と、青い髪の……。


「ラミュ」


 銀髪がラミュの方を見る。


「案外警備は手薄なんだな」


「手を抜いてるんですよぉ。このご時世、貴族の学校に侵入しようなんてバカなこと考えるやつ、ふつーいませんからねぇ」


「平和ボケ極まれりだな。……おや」


 二人の視線がライラたちに向けられる。


「ひえぇ!! ど、どういう状況ですかこれえ!? って、ライラさん!? フユリンさん、あの子私の友達のライラさんです。でもライラさん、どうして下半身露出している男たちに囲まれて……ま、まさか三股!? 一度に全員頂いちゃおうって!? きゃーっ!! 下品ですよーっ!!」


「ラミュ、黙れ」


「はい!!」


「もう一人の女は?」


「あ、メルシュ様ですね。この辺の地域の悪役令嬢長です」




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※あとがき

こんな具合に、定期的に三人称が入ります。

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