第2話 ラミュ登場

 シャイニーは住人たちに連行されて、どこかへ消えていった。

 彼女に仕えていた騎士たちは、悪役令嬢でなくなったシャイニーを見捨てて、帰っていったようだ。


 悪役令嬢は特権属性だが、一度その地位が失われてしまえば、価値はないのだ。


 書類上はまだ悪役令嬢だろうが、協会から除名されるのも時間の問題である。

 ゴブリンになった令嬢など、協会が仲間と認めるわけがない。


「マスター、悪いが何か食えるものをくれないか?」


 私はといえば、改めて酒場で休んでいた。

 そこへ、


「あの」


 シャイニーに踏まれていた小柄の少女が、話しかけてきた。

 短い青色の髪。所々泥がついた、青いドレス。


 丸くて愛らしい顔を引き立たせる、水色の丸っこい瞳が、弱々しく私を見つめる。


「助けていただき、ありがとうございます。フユリンさん、でしたっけ?」


「あぁ、確かお前は……」


「ラミュです。ラミュ・メチャカワイイ」


 すごい名前だな。

 こいつの先祖はどんな気持ちでこんな自己愛溢れるファミリーネームを考えたんだか。


「といっても、もうメチャカワイイ家からは勘当されてるんですけどね」


「ふーん。悪役令嬢協会から追放されたらしいな。とはいえ元悪役令嬢なら、私の標的。わざわざゴブリンになりにきたのか?」


「そ、それってつまり、私を悪役令嬢として認めてくれるってことですか!?」


 なんで目を輝かせているんだろう、この子。


「そもそも、なんで追放されたんだ?」


「悪役令嬢協会に入る条件はご存知ですか?」


 質問に質問で返された。


「令嬢に相応しい家柄と、才能。それと『どれぐらい悪いか』を協会に判断されるんでしょ」


「だいたいは。それで、私、悪役令嬢としてこの街の貴族学校に在籍していたんですけど、この前の協会裁判で相応しくないと判断されちゃいました」


「なんで?」


「庶民相手にもオドオドしてるとか、悪いことのレベルがショボすぎて、周りからの畏怖の念が無さすぎるとか、笑われているとか」


 それで追放されたわけか。

 悪役令嬢も大変だな。


「どんな悪いことしたんだ」


 それによっては、いますぐにでもこいつをゴブリンにする。

 協会の権威を盾に好き勝手している令嬢は、すべて潰す。


「たとえば、掃除で使った雑巾を洗わずにロッカーに戻したり」


「うん」


「授業中、窓越しに校庭を指さして『犬が入ってきてる!!』と騒いで授業を中断させたり、ですかね」


「う、うーん。悪いっちゃ悪いけど……そりゃ笑われるな」


「なっ!? で、でもでも私、森に外来種の虫を放って生態系をめちゃくちゃにしましたよ!!」


「急に悪事のスケールがデカくなった!!」


 とはいえこれは、協会の判断が正しいかもしれない。

 悪役令嬢というより、イタズラっ子というか。

 バカな子供というか。


 これじゃあ、潰す気にもならない。


「お前、何歳だ?」


「一三歳です」


「……悪役令嬢に戻りたいの?」


「はい!! だって悪役令嬢は幸せな人生を送れるんですから」


 ラミュもその嘘神話を信じているのか。

 バカバカしい。


 だいたい、一定以上の地位にいる金持ちの女なんて、悪役令嬢じゃなくても高確率で幸せになれるに決まってるのに。


「それに、追放された悪役令嬢は悲惨なんですよ!! 令嬢でも貴族でもなくなり、庶民からも蔑まれ、不幸のどん底に……」


「自業自得だな」


「そこでフユリンさん、お願いがあります」


「お願い?」


「私が通っていた貴族学校に、この辺の悪役令嬢たちをまとめる悪役令嬢長がいるんですよ」


「へえ」


「そいつ脅して、私を悪役令嬢に戻してほしいんですっ!!」


 こいつ頭イカれてんのか。

 頭悪そうなクセして発想力と行動力が飛び抜けすぎだろ。


「悪役令嬢長とやらがいるなら、私は率先して潰しにいく。でもわかってるのか? お前が悪役令嬢に戻れば、ケチのつけようもなく私の標的になることを」


「あはは、私たちもう友達じゃないですかー」


「違うけど」


「えっ!?」


「違うが」


「…………」


「容赦なくゴブリンにする」


「ひぃ!! そんな!! せ、せめて逃げる猶予をください!! 一時間くらい!!」


「やだ」


「しょんな〜!!」


「でもちょうどいい。案内しろ。その悪役令嬢長とやらの所まで。でないと、ここでゴブリンにする」


「うわ〜ん!! 私、ヤバい人に目をつけられちゃいました〜!!」


 こっちのセリフだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ラミュの家、メチャカワイイ家はとある街の貴族で、代々船の製造に携わっていたらしい。


 今は長男が後を継いでおり、妹のラミュは悪役令嬢になることを期待されていたのだが、この様とのこと。


「へえー、じゃあフユリンさんはダスト地区で魔法を教わったんですね」


「家を失って、親戚からも相手にされなかった私の、第二の故郷だ」


 貴族学校は街の外れにある。

 ちょうど、酒場とは正反対の位置だ。

 街の中心にある城は、領主エッペン家のものらしい。


 私たちは学校に向けて、歩いていた。


「私も魔法使えますよ。むむむ〜、はっ!!」


「……なにも起きてないけど」


「爆発魔法です。地球のどこかで大爆発が起きているはずです」


「迷惑すぎる!!」


 こいつ、意外と大勢殺しているんじゃなかろうか。


「悪役令嬢長は、どんなやつなんだ?」


「領主エッペン家のご息女です。エッペン家は傭兵から国王軍王族親衛隊にまで上り詰めた貴族で、いまは軍に武器と兵士を送っています」


「つまり、王とは深い関係にある家の、令嬢と」


「はい。文武両道成績優秀、多くの女生徒の羨望を集め、多くの男性を手玉に取る、学校の女王です」


「話したことは? 同じ悪役令嬢でしょ」


「少しだけしか。しょせん私は下っ端悪役令嬢なので。あの人は上級悪役令嬢ですし」


 階級とかあるんだ。


「マリアンヌって、知ってる?」


「マリアンヌ? ま、まさか悪役令嬢協会会長、すべての悪役令嬢のトップに君臨する、マリアンヌ・トウガラシロップ様ですか!?」


「お前の家と繋がりはないのか?」


「それこそあるわけありませんよ!!」


「そう」


 あいつが会長になっているのは知っていた。

 六年前、私からすべてを奪ったあの女。


 私はあいつを捜している。

 復讐し、取り戻すのだ。


 私の家族。


 お父様、お母様、そして……愛するリシオンお姉様を。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき

悪役令嬢協会は女だけのカースト制度。

些細なミスで一気に地位が揺るぎます。

怖いですね。


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