マリアンヌ編 上

第1話 パニッシュメント

 あれから六年。

 私は一四歳になっていた。


「マスター、水を一杯くれないか」


「いいけどよお、その薄汚えローブ、まさか旅人か? 金はあんのか? ここは水だって有料だぜ」


 小綺麗な酒場のテーブルに、硬貨を二枚置いた。


「あるなら構わないが。……あんたどっから来た」


「ダスト地区」


「あんな貧民街からかい。だいぶ歩いてきたんだな」


「とある女性を捜している」


「女?」


 店主が水を置いた。

 コップに手を伸ばし、喉の渇きを潤していると、外から、


「や、やめてください!!」


 女性の悲痛な叫びが聞こえてきた。

 好奇心のままに店を出て、様子を伺う。


 しっかりと舗装された道。

 立ち並ぶ、木とレンガで作られた建物たち。


 美しい石造りの街の道中で、青いドレスを着た青髪の少女が、地に伏していた。

 彼女が見上げる先には、真っ赤なドレスの女。


 その周りを、赤ドレスを守るように数名の騎士が囲んでいる。

 赤ドレスが口を開く。


「ラミュさん、あなた悪役令嬢協会から追放されているはずでしょう? なぜまだこの街にいるのでしょうか」


「だっ、だって他に行くところなんてなくて……」


「家族からも見捨てられた哀れな女。悪役令嬢協会執行部の私の手を煩わせるなど、度し難いわね」


「お願いですシャイニー様!! どうか私を悪役令嬢協会に戻してください!!」


「あなたのような落ちこぼれは、ドブネズミのように生きるのが……お似合いよ!!」


 シャイニーなる女が、ラミュとかいう小柄な娘を踏みつけた。

 ヒールの鋭い踵が、ラミュを苦しめる。


 目に余る光景を、多くの人間が眺めていた。

 かわいそうに。そんな憐れみの眼差しで。


「なんで誰も助けない」


 店主が答える。


「そりゃそうだろ。相手は悪役令嬢様だぜ?」


 途端、一匹の犬が尻尾を振ってシャイニーに駆け寄った。


「な、なんですかこの汚い生き物は!!」


 騎士が犬を蹴り飛ばす。

 遅れて、飼い主であろう男の子が走ってきた。


「ご、ごめんない。こいつ派手なものが大好きで」


「躾もできないのですか庶民というのは」


 シャイニーが騎士に目配せをする。

 騎士は頷くと、男の子に近寄り、思いっきり殴りつけた。


「うぎゃっ!!」


「犬が犬なら飼い主も飼い主。悪役令嬢に近づこうなど片腹痛いわ」


 何度も、何度も殴る。

 しかし誰も止めに入らない。

 次の標的にされることを恐れて。


「あははは!! 見なさいラミュさん。これが悪役令嬢に相応しき者の勤め。あなたみたいな軟弱者にはできないでしょう」


 まさに傍若無人。

 どうしようもないクズだ。


「その辺にしておけ」


「誰ですか?」


「さっきから不愉快だ」


 騎士たちが私に迫る。

 剣まで抜いて、私を殺すつもりなのだろう。


 仕方ない。


「パニッシュメント・バインド」


 空中に出現した魔法の縄が、彼らを拘束する。


「とある魔女と契約している。悪役令嬢及びそれに協力する者たちに対して、私は無敵だ」


 そのままシャイニーへ歩み寄ると、彼女は一歩後退した。


「なっ、魔法!? くっ!! 魔法が使えるからって調子に乗るなよ庶民風情が!! 悪役令嬢拳法を喰らうがいい!!」


「バインド」


 魔法の縄を飛ばすが、


「遅い遅い!!」


 ヒョイっとかわし、こちらに接近。

 しょうがない。殴り合いがご所望なら付き合ってやる。


 シャイニーが拳を伸ばす。

 それを軽く受け止め、腕ごと捻ってやり、


「ぎゃあああ!!」


 思いっきり顔面を殴りつけた。


「うがっ!!」


「口ほどにもない」


「そ、そんな……。私の高貴な頬が……」


「一方的に殴られる痛みを、もっと教えてやろうか」


「ひっ!!」


「……お前、私に恐怖したな」


「へ?」


「発動条件は満たした。いまからお前の輝かしい人生を終わらせる」


「な、なにを……」


「パニッシュメント・メタモルフォーゼ!!」


 私が手をかざすと、シャイニーの体がパンっと乾いた音と共に光り、


「お前に相応しい姿にしてやった」


 ゴブリンへと変化させた。

 ただのゴブリンではない。顔だけ人間のままの、半ゴブリンだ。


「な、なな、私の体が、ゴブリンに!!」


 ゴブリン特有の異臭が、私を含めギャラリーの鼻に届く。


「安心しろ、綺麗な顔だけは残してある。もっとも、むしろそっちの方が地獄だろうが。人間でも、ゴブリンでもない。ただの醜い中途半端な生き物」


「あぁ……あああああ!!!!」


「今はまだ意識があるだろうが、いずれ心も完全にゴブリンになる。もはや、お前は悪役令嬢ではない。永遠に苦しんで生きるがいい」


 悪役令嬢ではない。

 その一言が、街の住人たちのスイッチを入れた。


「あいつはもう悪役令嬢じゃねえ!!」


「やっちまえ!!」


「いっつもお高く止まって良い気になりやがって!!」


「俺の娘にしたこと忘れてねえぞ!!」


 殴打。殴打の応酬がシャイニーを襲う。

 首から下だけ小さなゴブリンとなったことで、当然自慢の赤いドレスは脱げている。

 シャイニーは素っ裸のまま、ただ暴力に耐えるしかなかった。


「やめ、やめなさい。ぐえっ、わ、私は悪役令嬢なのに……。幸せな人生が約束されていたはずなのに!!」


 先ほどの店主が、私に問いかけた。


「あんた、なにもんだ」


「私はフユリン。すべての悪役令嬢は、私が潰す」






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※あとがき

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