因習村の魚影 13

 パーンと思ったよりも軽い音がして、腕が跳ね上がる。音はしょぼいのに、衝撃はすごい。


 通常の拳銃の三倍以上はある太い銃口から飛び出すのは、光の球。赤白いその光は、ぴゅーっと風切り音を上げながらあっちへいったりこっちへいったり。まるで人魂のようにでたらめに動いた。


 その不可思議ふかしぎな動きに、魚人たちが驚きおののいていて立ち止まっている。指で光の挙動を追いかけ、神でもあがめるかのようにしゃがんでいるやつらもいる。


「今です!」


 ってわたしは叫んだんだけど、ちょっと冷静な判断ができてなかった。


 夏子さまがそんなことで走るわけないじゃんっていうがわかってなかった……!


 そんなの当たり前でしょ、雨と変わんない変わんないとでも言わんばかりに、歩いてくる夏子さまったら、ここまでくると優雅っていうものを超越ちょうえつした何かだと思う。


 背後に巨人が出てきたって歩いているに違いないね。


 でもまあ、なんとか脱出できたみたいでよかった。


 夏子さまはわたしの目の前までやってきて、


「いやあ、助かったよ」


「お嬢さまが走っていただければ、もっと簡単に逃げられたと思いますけれど」


 思わず言っちゃったのもしょうがないじゃんか。あのままだったら、お嬢さまったら死んでたかもしれないんだよ。


 それでも夏子さまは笑っていて。


「ももかが助けてくれると思ったのですよ」


 なんて言われたらさあ、やらないわけにはいかないよね。


 なんていうか、尽くしたいって気持ちにさせてくるんだから、このお嬢さまは……。


「……そ、そんなこと言われたって困ります」


 呑気にわたしたちは話をしていた。


 ときに、ここってどこだか知ってるだろうか。イン湯村の奥まった場所にある、魚人たちの住処すみかの前である。


 奥まった、というのは大切で、洞窟どうぶつの中から必死こいて出てきたんだけども、ここはまだわたしたちホモサピエンスの生息圏じゃない。


 ようするに――気がついた時にはわたしたちは囲まれていた。






 わたしたちのまわりを魚人たちが取り囲んでいる。


 まるで『かごめかごめ』のようである。


「さしずめ、かごの中の鳥と言ったところでしょうかしら」


「言ってる場合ですか!?」


 じりじりと近づいてくる魚人たち。手はワキワキしているというか、カチカチ爪を鳴らしているというか。口をパクパクと動かしている。ギザギザの歯が見え隠れして、末恐ろしくなってきた。


 ヒトのことを食べるつもりだ。わたしたちを食べるつもりだ……!


 わたしはリュックサックから出した道具たちを見る。着替えとかナイフとかはあるけれど、この絶望的な状況をどうにかする方法はない――。


「いえ大丈夫です」


「なんでそんなことが言えるんですかあ!!」


 夏子さまは笑っている。決して気休めで言っているわけではない。本気でそう信じているように。


 そんなお嬢さまの背後で、太陽が今まさに水平線から顔をのぞかせようとしていていた。


 あふれた光が、後光のように夏子さまを照らす。


 にっこりと笑う姿はまさしく女神さま。


 女神さまは太陽へと向いて、スッと指を伸ばす。


 わたしは釣られたように指の差す先を見る。魚人たちも興味津々といった様子で、太陽の方を向いている。お嬢さまの美しさが……ってこんなこと考えてる場合じゃないか。


 太陽には黒点が浮かびあがっていた。


 肉眼では見えるはずのないその点は、数を一つ二つ三つと増やし、次第に大きくなっていく。


 黒点じゃない。そもそも、太陽の近くにあるものじゃない。ましてや、UFOとかフライングヒューマノイドでもなかった。


「あれは……ヘリ?」


 そう。ヘリコプターが三機、こっちへ飛んできていたんだ。


 でも夏子さまはどうして気がついたんだろう? まさかお嬢さまが呼んだとは思えないし、そんなことをしている暇はなかったと思うんだけども。


 バラバラというプロペラ音が大きくなりつつある中、夏子さまは目を眇めて、やってくるヘリコプターを見つめていた。


「先ほど、ももかが撃ったのは信号弾でしょう?」


「どうしてわかったんですか」


「ふーちゃんが前に自慢していたことがあるの。それで、本当は春子姉さまに持たせるつもりのものだったのだけれど、あの人、三歩歩けば異世界へ行っちゃうから」


 懐かしむように夏子さまが言う。この状況で懐古かいこすんのかい、とか、春子さまってニワトリみたいな感じで異世界転移しちゃうんだ、とかはさておこう。


 魚人たちがどよめきはじめる。空から何かが飛んでくる。隠れたものかどうするか、言い争いをしているみたいだ。


 わたしをとり囲んでいたのに、取っ組み合いのケンカとなり、団子状態となって離れていく。


 ……なんだか作為めいたものを感じないわけでもないけれども、こればっかりは神様に感謝だ。もし仮にいるならね。


 そして、ヘリはわたしたちの上空へ。


 通りすぎるときに、戦闘のヘリに見知った顔を見た気がした。


 次の瞬間には、笛が鳴ったような甲高い音ともに、何かがヘリから投下され、不良のケンカじみた戦いを繰り広げはじめた魚人たちへと降りそそぐ。


 ドーンと大地が揺れるとともに、火柱が上がった。


 夜明け直後のことであった。

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