因習村の魚影 12
「そんなことあるっ!?」
わたしは思わず天に叫んでいた。
ここ、どう見たって
「わたくしたちの知らない技術があるのかもしれませんわ」
「お嬢さまもなに納得してるんですかっ! え、おかしいって思ってるのわたしだけなんですか!?」
誰も返事してくれない。夏子さまはいつもと同じ笑みをわたしへ注いでくれているし、
「まあまあ、とにかく地上へ戻りましょう」
「またですかぁ!!」
この前だって崩壊する屋敷から逃げだしたっていうのに、今度は魚人ひしめく
なんて
でも、そんな中でもなお、夏子さまは歩くんだけどね。危機感ねえなあ、なんて思わないでほしい、火事でだって建物がグワングワン揺れていたって歩いてるような御人である。
世界滅亡の瞬間でさえティータイムをしそうなお嬢さまとともに、広大な空間に戻れば。
「うわっもういる」
つい言ってしまうほどに、魚人たちがそこここを歩いている。ひいふうみい……十人はいるんじゃないか。
しかも、真っ暗だったのに明るくなっている。魚人驚異のメカニズムによって、電気が灯ったらしい。いやホントにどうなってるんだ。
背後の夏子さまを見れば、余裕そう。こりゃあ、走ることはなさそうだね。
どうやってこの場を切り抜けようか。
わたしは一回、木耳さまを下す。懐中電灯を収納するついでに、なにかいい感じの道具は……。
あった。ピンク色のひもがついたやつ。これだ。
「そんなものまでありますの?」
夏子さまが、わたしの手のひらの中のプラスチックの物体を懐かしむように見つめている。
「なにかあったときに引っ張ればいいかなって」
「中に入れていたら引っ張れないと思うのですけれど」
「…………たしかに」
今度からはリュックサックの肩ひもにでも引っかけておこう。
じゃなくて、今はそんな後悔をしてる暇はないんだ。
わたしはヒモを思いっきり引き抜き、それをぶん投げる。
こう見えてもわたし、遠投は得意なんだ。重いリュックサックを背負っているからなのかな?
とにかく、放物線を描いて飛んでいくそいつは、けたたましい音を立てはじめる。
その音といったら、洞窟内で反響して、いつもよりもやかましい。だから、キョロキョロ不審者(
「よかったあ、防犯ブザーを持ってて」
行きましょうとわたしが言えば、夏子さまは広い空間へと一歩踏み出した。
そんなので、魚人をどうにかできるわけもなく――。
「お嬢さま! 急いでください!!」
「うんうんわかっていますとも」
わかってない!
と声を大にして言いたいんだけど、この非常時といえども流石にやりすぎだろうか。
歩いてやってくる夏子さまの背後から、魚人たちが走ってきているのがよく見える。その数、十や二十ではすまない。
その魚眼は、血走っている。わたしたちを捉えようとギラついていた。思わず吐きそうになってしまうくらいに。
捕まったらひどい目に遭う、同人誌みたいに――もっとも同人誌は同人誌でもGがつく方のやつだ。
恐怖が頭をちらつくものだから、ウォークしている夏子さまが歯がゆい。
と、とにかくどうにかしなきゃ。
わたしはとっくに洞窟を出ている。
外は、一段と冷え込んでいる。星と月の傾き的に、あと1、2時間で日の出じゃなかろうか。
その辺に木耳さまを下して、わたしはリュックサックをまさぐってみる。
なにか……防犯ブザー以外に使えそうなものよ、あってくれ……!
って思って、いろいろなものを出してみるんだけど、なかなか見つからない。気持ちは、ネズミを前にした某ネコ型ロボットだよ。
顔を上げると、お嬢さまは
いや、マジでどうしよう。
「あ――」
わたしは冬子さまにわたされたとっておきのブツを思いだした。これを使うときは、非常事態か春子さまが目の前に現れたときにしとけって言われたやつ。
そいつは、リュックサックの奥の奥に入っている。もう面倒だからひっくり返しちゃえ。
最後にコロンと転がってきた黒いL字型のものが、わたしが探していた最後の切り札。
それは銃のかたちをしている。名前は信号拳銃。何かを伝えるためのサインを出すための銃らしい。そう、冬子さまは言われていた。
その時にうんちくなんか語られたんだけど全部以下略。そんな暇ない。
わたしは洞窟めがけて銃口を向ける。夏子さまには絶対当てないように上らへんを狙って――。
トリガーを引いた。
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