因習村の魚影 10
そこはまさしく
いきなり天井が高くなったかと思えば、奥行きもひろがる。横もめちゃくちゃ広い。
地面はなだらかな起伏があって、上の方は段々畑となっている。そこに懐中電灯の光が当たり、乳白色のキラメキを返す。
サラサラという水音だけが、その世界には響いていた。
「わあ……」
そんな驚きの声を『上げることができなかった』のは、ひとえに臭かったから。
相もかわらずひどい臭いが漂っている。まったく場違いな悪臭だ。これがなかったら、リゾート地の観光資源として有効活用されていたに違いないね。
「そういえば、ここのことって、イン湯村の人たち、知ってるんでしょうか」
いや、知ってたら立ち入り禁止の立て札でも突きささってるか。
なんて思って夏子さまを見たら、目をまるくさせていた。その口はカワハギのように小さく開いていて、かわいい。
いや、笑っていないお嬢さまなんてひさびさに見たかも……!
「ももか」
「は、はいっ。スマホで撮ろうとなんてしてませんよ、はい」
「なにを言っているのかわからないけれども、貴女のおかげで、謎が1つ解けたかもしれないわ」
「謎……?」
「どうして依頼人さまが魚人に
それ以上のことは、聞いても夏子さまは答えてくれなかった。ミステリーの探偵じゃないんだから、はっきり教えてほしい。ワトソン先生って、いつもこんな風にヤキモキしてたんだろうな。
そんなことを考えられるのは、そんな広大な空間に人っ子1人いないから。もちろんその中には魚人も含まれている。
わたしたちはそんな広い
っていうか。
「夏子さまは魚人の何が知りたいんですか」
「もちろん、どのような生活をしているかです。たとえば、カッパがどんなことをしているのか、気になりますでしょう?」
ノーコメントだ。だって、わかるような気が一瞬でもしちゃったんだもん。
「それにです、こんなところに連れてこられてしまった
「元気だったらいいんですけど……」
なんだか、元気じゃないような気がするんだけど、それはこの澱みきった空気のせいに違いない。
いや、大丈夫だと信じよう。
なんて思っているときに、大声が響いた。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
そのぐらい突然だったんだ。その声がひびいてきたのは。
声は洞窟中に響きわたっていて、ヒトのものなのか魚人のものなのか、今思えばわからなかった。
でも、わたしたちは依頼人についての話をしていたわけで。
「
「そうとは限りませんけれども、とにかく行きましょう」
と、声の方向へと歩き出した。
そう歩き出した。走ってるの間違いではなく、歩いて、だ。や、優雅に歩いているが正しいか。
いや、どっちにしてもかわらない。
夏子さまはいつものように歩きはじめ、照明係のわたしはその一歩先をいく。独断専行はしないよ。夏子さまを置いていったりできないしね。
声がした方へ進んでいけば、細い洞窟が見えてくる。近づくと、会話のようなものがわずかに聞こえている。といっても、2頭の犬がケンカし合っているようなおおよそ人間のものとは思えない声。
まさか魚人の――。
「非常に興味がありますわ」
「そうですか……」
わたしは興味がまったくない。一ミクロンだってないことをここで宣言しておく。お嬢さまとは違うってことは言っておかないと誤解されそうだし。メイドなんだから当然なんだけどね。
ってそういうことじゃなくて。
この先に、ろくでもないものが待ち受けてる気がするっていうのは、わかるぞ。
「ほ、ホントに行くんですかあ」
「
とは言いますけどね、得なくてもいい虎のベイビーを追い求めて、アマゾンの奥地よりも危険な場所に我々は向かってると思うんですけども、そこのところはどうお考えなんでしょう?
「平気ですわ」
まあ、そうだよね。いつも通りの返事だよね。
しょうがない。少しでも夏子さまを守れるように前を歩こう。
わたしの頭ギリギリくらいの高さの通路へと入っていく。
ピチャンピチャンと臭いしずくが頭にかかってうっとおしい。よかった、いつものホワイトブリムをつけてこなくて。あのフリフリが汚れちゃうと悲しい。
なんて思っている間に、狭苦しい洞窟はふたたび広がる。
いや、その手前で、通路が明るくなっていることに気がついた。光が差し込んできていて、細長い影が伸びている……。
わたしはとっさに懐中電灯の光を消した。
「バレちゃいましたかね……」
「どうでしょうね」
なんてわたしと夏子さまは、そろってカチンコチンに固まる。身じろぎ1つしたら、影に見つかって殺されるんじゃないかってくらいだまっていた。
幸いなことに見つからなかったらしい。こっちには誰も来なかった。
「ふう、少し
それにしては平然としているように見えるんですけど。
ポーカーフェイスなお嬢さまはさておき。
通路の先からは、うめき声のようなものが断続的に聞こえてきていた。なんて言うんだろう、口いっぱいに食べ物を突っこんだ上で言葉を発しようとしているかのような、そんなうめき声。その悲痛な声のおかげで、わたしたちは気づかれなかったのかも。
「しかし、香ばしい臭いがしますわね」
夏子さまに言われて気がついたんだけども、確かに何かが焼けるような匂いがする。いやほとんど悪臭なんだけれども、火が燃える臭いっていうのかなあ、それが奥からしてくるんだ。
なんかお肉でも焼いてるのかな。
わたしは、通路の先に顔だけ出してみる。
そこで行われていたのは、想像を絶するものだった。
魚人が
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