因習村の魚影 3

 夏子さまと一緒にいれば、どんなに鈍感でも怪しげな知識に詳しくなってくる。


 魚人なんかもその一つ。


 魚人っていうくらいだから魚と人が合わさったもので、想像しやすいのは人魚だ。あれは下半身が魚。


 逆に上半身が魚っていうのもある。とある画家が描いたものを見たことがないかな。砂浜に倒れている生足魅惑のお魚だ。


 どちらも、見ただけで魚人ってわかる見た目をしている。


 だから――。


木耳きがみさまは本当に魚人を見たんでしょうか」


 なんて言葉が出ちゃうんだ。


 依頼人はここにはいない。いたら、こんなこと言えないし。


 わたしたちは今、湯村の町を歩いていた。


 湯村は、三日月のように弧を描く海岸線沿いにあった。あたりは山に囲まれていて、セミの大合唱がやかましい。


 目の前には白いビーチとどこまでも広がる大海原。それから、ザザーンと白波が上がる岩場があった。あの岩場なんか、映画が始まる前に流れそうな感じがある。


 街はそんな大自然のただなかにあって非常に浮いていた。


 たとえば、わたしたちは今、アスファルトの上を歩いている。もちろん、車道。信号機もちゃんとある。


 でも、車の往来はほとんどない。時折やってくるバスは、イン湯村と近くの町とを行き来する定期便。たしか電気で動く自動運転車だったはず。


 イン湯村の建物にしたって、ビルだ。それも、海外のリゾート地にありそうな、変なかたちをしたやつだ。なんていうか、ねじりこんにゃくみたいなかたちをしていて、これまた大自然に合っていない。むしろ都会って感じ。


 ……こう長々と湯村っておかしなところを描写してみたのは、カメラを持ってきていないから、ということでご容赦ようしゃねがいたい。夏子さまの長考を邪魔したくないっていうのもあるけどね。


「まだ、なんとも言えませんの」


 ため息交じりにお嬢さまが言った。そんな曖昧あいまいな言葉を発したくないとばかりのアンニュイな表情に、わたしの心が「夏子さまをお助けしたい」と叫んだ。


「情報が少なすぎますわね。もう少し、調べる必要があります」


「調べるっていったって……」


 もうこの場に木耳さまはいない。いたとしても、彼が知っていることはたぶんすべて聞きおえた気がする。


 わたしはリュックサックからパンフレットを取りだす。チェックインした際にいただいておいた。


 カラフルな紙面には地図が描かれていて、食事処だったりお土産屋さんなどなどイン湯村の観光名所がまとめられていた。


 これがあれば迷子にはならないってわけ。そもそも迷子になるほど広くはないんだけども。


「どこで調べるんですか? 資料館とかなさそうですけど」


「それはもちろん、足と口で稼ぐのですよ」


 夏子さまがにっこり笑う。頭が痛くなってきた。


 ようするに、聞き込みってことじゃん。






 それから半日。


 おだやかな空気の湯村を、わたしたちは歩きまわり聞き込みをして回った。それこそ、殺人鬼を追っている刑事かってくらいに。


 なんで、遊びに来たつもりだったのにこんなことになっちゃったのやら……。


 その元凶であるお嬢さまは、口元にいつもの微笑をたたえて、夏日の下を歩いている。真っ白な肌を見ているだけで、太陽に近づこうとしたイカロスみたいに墜落ついらくしちゃいそう。


 そんな見目麗みめうるわしい夏子さまに話しかけられた観光客は、感嘆かんたんの吐息をもらし、アルコールを多量摂取したみたいに饒舌じょうぜつになった。


 わかる、すっごくわかる。夏子さまに話しかけられるとドキドキして、言わなくてもいいこととか話しちゃうよね。お嬢さまって話し上手なんだと思う。


 だが、あれだけ聞きこんだというのに、木耳さまから聞いた程度のことしかわからなかった。夜に魚みたいな人が出てーってやつ。


 観光客はそもそも魚人出没の噂さえも知らず、従業員の間でも情報量に差があった。


 知ってる人と知らない人がいたんだ。こんなバチカンほどもない、狭いリゾート地で。


 なんかおかしくない?


「確かにおかしいですわね……。従業員の間で情報の伝達がなされていない、とかでしょうか」


 でも、客への応対はマニュアル化されているのか、メイドわたしみたいにちゃんとしていた。だとすれば、報連相もしっかりしてそうだけどなあ。


 そんなことを考えながら、わたしたちはホテルへの帰路についた。

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