アシヤ・クライシス 7

 土蔵に置かれた石像をひとしきり見てまわった夏子さまが不意に、


「おや」


 と口にした。


 その場所というのが、金剛力士像こんごうりきしぞうめいた立像の足元。にらみを利かせる二体の像の前で、夏子さまはぴょんぴょんと控えめかつ華美かびなジャンプを繰りかえす。


「なにかみつけたんですか」


 わたしがそう言ってしまったのは、何も見つけないでほしいという願いの裏返しにほかならなかった。


 こんな石像だらけの場所で見つかるものなんて、ぜったいロクなもんじゃない。


 でも悲しいかな、わたしの願いは七福神をはじめとする神様には叶えてもらえなかったらしい。


 夏子さまはその場にしゃがみこみ、光を床へ向ける。


「ちょっと来ていただけます?」


 呼ばれたわたしはしぶしぶ近づいていった。


 懐中電灯に照らされた場所には、古風な三和土たたきには似つかわしくない金属製の枠が埋まっていた。


「なんですか、これ」


「なんでしょうね。何かが埋まっているみたいなのだけれど」


 2つ分の光に照らされたそれは、ちょうど半畳ほどの大きさをしている。よくよくみてみれば、くぎられた内側と外側とでは三和土の色が違った。


 なんだか、頻繁に掘り返されていたような、そんな感じ。


 ふとわたしは思いついて、リュックサックから折りたたみ式のシャベルを取りだす。


「そちらは?」


 ジャキンと本来の姿を取りもどした金属製のシャベルを、夏子さまが指さす。


「これは、冬子ふゆこさまにいただいたもので」


 わたしはその時のことを思いだす。あの時は冬――というわけではなく、むしろ春に差し掛かっていたころのことであったと覚えている。


 冬子さまっていうのは夏子さまの妹に当たる方。ちなみに、春子さまという方もいらっしゃって、こちらは夏子さまの姉にあたる。


 春子さまが長女で夏子さまが次女、冬子さまは三女ということになる。


 なんで、そんな方に折りたたみ式スコップをいただくことになったのかは、それはもう山あり谷ありの話があったりなかったりする。その全部をつまびらかにするのは、退屈だろうから割愛かつあい


 わたしが冬子さまの名前を出したら、夏子さまが意外そうに目を細めた。


「ふーちゃんと何を話したの?」


「大したことじゃないんですけど……」


 なんと話したものか。まさか、冬子さまが夏子さまのことを心配して、シャベルをくれた――なんて言えるわけがない。


 言っても夏子さまは怒りもしないし悲しみもしないだろう。でも、わたしの胸の中のメイド魂がしちゃダメだって叫んでいる。メイド魂なるものがなにかは聞かないで。わたしにもわかんないから。


「ぷ、プレゼントですかねえ」


「そうなんだ、冬ちゃんって気が利くものね」


 納得したように、夏子さまはウンウン頷いている。でも、わたしにはわかる。


 冬子さまは気が利くわけでもおせっかい焼きというわけでもない。ただ、二人のお姉さまのことを心配しているんだ。わたしと同じくらいかそれ以上に。


 シャベルをわたしてくれたのだって、地下鉄に閉じ込められたって聞いてから渡してくれたんだし。


 そんな妹の心配も、夏子さまにはあまり効果がなかったみたい。お嬢さまはキラキラとした目で、床の四角く区切られた部分を見つけていた。


 仮にその中からパンドラの箱が見つかったとしても、うやうやしく持ち上げそうな気がする。そんなものテレレレンって出てきてほしくないけれど。


 わたしはシャベルでもって、そこの土を退けてみる。こういうのもメイドの仕事なわけで、むしろありがたい。動いていれば、恐怖心も紛らわせることができるしね。


 最初のひと掘りで、シャベルはコツンと硬いものにぶつかった。


 え、もう?


 土をすくっていくと、まもなく金属板が見えてきた。


「なん……でしょうか」


「ハッチがこんなところにあるとは思えませんね」


 そんなものが土蔵の下にあったら、こともことだ。ハッチっていうのは、飛行機とか船とかに出入りするための入り口のことをたいてい指す。


 ここの地下には超古代に飛来した宇宙船でも眠ってるわけじゃないよね……?


 夏子さまは、鉄板に光を当てる。鈍く光を放つそれは、ちゃちなブリキみたいな光を返してきた。


「これは床下収納じゃありませんこと?」


 それならなんとなくわからないでもない。漬物つけものとか梅酒とかワインとかを入れる収納スペースだ。おじいちゃんちにもあった。


「でも、こんなところになんで」


 土蔵だって立派な倉庫だ。それなのにどうして床下収納がいるんだろう? わたしのおじいちゃんみたいに酒税法に触れたり触れなかったりしていて、口噛くちかみ酒でもなみなみ入ったたるなんかが隠されてるとかか。


「あるいは、死体とか」


「し、死体!?」


 わたしは夏子さまを見た。わたしや視聴者を怖がらせるためのちょっとしたジョークかと思いきや、その顔にはいつもの微笑みが浮かんでいる。


 冗談じょうだんで言ってるのかわかんないね。ジョークであることを願わずにはいられないよ。


「一例ですけれどね。呪術じゅじゅつ的なものである可能性もあります」


「呪術的なものって……」


「さあ。藁人形わらにんぎょうとかでしょうか」


 地下にびっしり打ちつけられた藁人形。想像するだけで、頭がかゆくなってきた。


 脳内のショッキング映像を振り払い、床下収納?らしき扉をカメラでとらえる。夏子さまが言うとおり、この扉の先にはなにかありそうな感じがする。こういういわく付きのものって視聴者も好きだろうからね。


「あ」


 わたしは金属板のある部分を指さす。そこにはちんまりとした鍵穴があった。


 夏子さまもそれに気がついたようで、手元の鍵をお札を数えるように確認していく。


 その手がぴたりと止まった。


「こちらの鍵束にはありませんね」


「え……」


「確認してくださいませんこと?」


 鍵束を受け取って、わたしもカギを探してみる。……鍵穴はかなりちいさいし、割とシンプルな形状をしている。前方後円墳ぜんぽうこうえんふんみたいなかたちをしていて、わかりやすいやつだ。


 そんなカギはなかった。


 わたしが首を横に振れば、


「そうですわよね……だとしたら、いったいどこに?」


「ここにないってことは無くしちゃったんじゃ」


 鍵束は、夏子さまの友人――現在の持ち主である不動産屋さんが渡してくれたもの。確か買ってからずっとあるものらしいから、ここにないってことは、どこにもないんじゃないかなあ。


 わたしたちはどうしたものかと考える。時刻は丑三うしみつ時。このまま手ぶらで帰るというのもなんだかしゃくだった。


 と。


 不意に風が吹いた。


 窓のない土蔵の中なのに。


 その生ぬるい風は、わたしの髪を揺らし、目をチクチクと突きさしてきてうっとおしい。


「あれ――」


 夏子さまの声がする。彼女の目は、一点を食い入るように見つめている。


 それは扉の方。


 扉の前に人が立っていた。


 いや、立っていたというのは正確じゃない。


 だって、足はなかったんだから。

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