アシヤ・クライシス 6
そこに広がっているのは、これまでのものと変わらない闇のように見えた。
でも、どことなく違う。黒い闇の違いだなんて、わかるほどわたしは繊細じゃないんだけどさ、なんとなくそんな気がした。
例えるなら、自分ちのお風呂と旅館の温泉みたいなそんな感じ。どっちも透明だけど、肌触りが違うっていうか……なに言ってるのか自分でもわからなくなってきた。
そんな中へと、白いドレスの夏子さまが足を踏み入れていく。
やっぱり絶対おかしい。わたしなんか、全身の穴という穴がレッドアラートを出してるっていうのに。
「な、なにかいませんよね……?」
カメラを回してるってのに、そんなことを言ってしまうくらいにはわたしはビビっていた。ああもう言っちゃいますけど、わたしブルってます。
この土蔵の中にいると鳥肌が立ってくる。冷蔵庫の中のような寒気がするっていうのもあるし、なにかよからぬものがわだかまっていて、この世の崩壊でもたくらんでるんじゃないかと思わせるような空気がした。
「いらっしゃるかもしれませんわね」
なんて、平然と夏子さまが言う。なにが――とは聞けず、わたしの心臓はキュッと縮みあがった。
土蔵は完全な闇に包まれている。懐中電灯がなければ、壁なんてなく宇宙の果てまで広がっているかのようにさえ思えた。でも、光をむければそんなことはなくて、わたしはホッとする。
そのまま壁伝いに光を動かしていけば、妖怪みたいな顔がにゅっと浮かびあがった。
「ひっ!?」
思わず悲鳴が出ていった。なんだアレは。線のような目と口が、わたしのことを笑っている。
「あら」
腰が抜けたようになっちゃってたわたしをよそに、夏子さまは黒い目と口へと近づいていく。
二筋の光にあてられたソイツがあらわとなる。
「石像ですわね」
「石像……?」
わたしはそろそろ夏子さまの下へ。
近づいてみれば、そいつはたしかに石像だった。黒いつるりとした石だか岩だかに、目やら口やら髪やら服やらが描かれている。だけではなく、右手には細長い棒のようなものが握られ、左手には……これは魚かな。
どうやら、そいつはなんらかの人をかたどったものらしい。それにしたって、絵文字みたいな顔がはなはだ不気味だ。無表情なくせして、目と口だけは笑ってるんだから。
「アルカイックスマイルというやつですの。ちなみにこちらは
これが恵比須様……? 確かに右手の棒っ切れが釣りざお、左手のが鯛だとしたらそういうことになるけど、なら魚は赤く塗ってほしかった。
光を動かせば、その像の横には無数の石像が乱立していた。まるで雨後のタケノコのような直立っぷり。
ちいさなハンマーとはんぺんみたいな袋を手にした石像、虫歯治療のイラストみたいな武器を持った石像に、ギターみたいなものを持った石像やら、冬瓜みたいな頭をした石像さえあった。
どれもこれもデフォルメされたようでありながら、顔に浮かぶ表情はコピペしたみたいにみんな一緒。薄い笑み。
「七福神だ……」
「他にも
「でもどうして」
今やわたしは動画を回してるってのに、普通に質問していた。……話をしてなきゃ怖かったんだからしょうがない。
「こちらのお屋敷の方の中に、神様を彫るのがお好きな方がいらっしゃったのでしょうね」
「それは見てたらわかりますけど」
好きじゃなきゃ、こんな不気味な石像をつくったりしない。彫られた神様がたには失礼な話だけれども。
夏子さまもその奇特な趣味を共有できるお人に違いない。だってさ、石像に顔を近づけてしげしげ眺めてるんだもん。視察に来たメジャーのエージェントでもそんな見方はしないと思う。
「うん、手作りの気合が入ってる。もしかしたら、それこそ魂が入ってそう」
「た、たましい?」
わたしの頭の中では、火の玉がゆらりゆらりと揺らめいて、石像の中へと入っていくさまが大スペクタクルで描かれた。
しゃがみ込み、石像と目を合わせていた夏子さまが頷いた。
「有名な絵画とか彫刻とかには作者の魂が込められている――なんて聞いたことはありませんこと?」
聞いたことはある気がする。でも、よかった。なにかよくわからない悪霊の類が入りこんで、あの仏様みたいな笑顔の下で
わたしが頷くと、夏子さまはにっこり微笑む。
「これらの石像をつくられた方は、並々ならぬ想いで彫った。それがわかるというものですよ」
どうしてって思ったけれど、口にはしなかった。
疑問と同時に、その理由もわかるような気がしたんだ。大切な理由も重大な真実とかもいらなくて、単に夏子さまがお嬢さまだからわかるというだけにちがいない。
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