アシヤ・クライシス 5
ふうと夏子さまは息をつく。
ここまでは台本通りである――幽霊が出ることも含めて。わたしはいっつも思うんだ、幽霊なんてでないだろうって。だから台本にそれらの出現をを書くのはどうなんだ。
でも、幽霊が出なかったことは一度だってなかった。いるのがわかっているところにだけ、やってきているみたいにさ。
だとしたら、夏子さまにはそういうのを見分ける能力があるってことなのかもしれなくて、メイドとしては嬉しいやら悲しいやらわからなくなってくる。
お嬢さまがいいなら、わたしとしてはそれでいいんだけどもさ。
大変だろうなあなんて思ってしまっちゃうのは、メイドというよりかは幼なじみとして考えちゃってるからか。
「大丈夫ですか」
わたしはリュックサックから取り出した水筒を夏子さまに差しだす。夏の夜にぴったりな、キンキンに冷えたレモンティーが入っている。
それを受け取った夏子さまは、
「どうもありがとう」
と言って、夏子さまは水筒に口をつける。コクリコクリ
水筒を飲む、ありふれた日常の行動でさえ、映画のワンシーンのようだから、目が離せないし離したくない。
夏子さまがわたしを見て、
「わたくしは元気ですの。ももかは元気でして?」
「わ、わたしはもちろんっ」
録画停止ボタンを押しているカメラを抱えて、ガッツポーズみたいな
情けないほど震えていたわたしの声を聞いてなのか、それともガッツポーズが面白かったからなのか、夏子さまが口角を上げた。
「安心いたしました。今日はどことなくぼうっとされているような気がしましたので」
気のせいではなく、わたしはぼーっとしている。それは理解しているつもりなんだけども、どーにも止められそうにない。
夏子さまに見とれてる……なんて本人を前にして言えるわけがないよ。
「どうかしました?」
「な、なんでもないです……」
不思議そうな顔する夏子さま。その表情にさえ、ドキリとするんだから、わたしってばパブロフさんちの犬みたいに単純だ。
ちょっとした小休憩を挟んだのちに、わたしたちは撮影を再開する。
「ダイニングを左に向かいますと、土間があります」
なんでって思うかもしれない。わたしにもわからない……推察することはできるけど。
新しくてちゃちさもあるスライドドアを開けると、むっとした空気がなだれこんでくる。真夏の熱というよりかは、海辺のべたつくようなひんやり空気だ。
なんか近寄りがたい雰囲気をビンビン感じる。
「この先が土間みたいですわね」
ですわね、じゃないよっ。このお嬢さまには、危機感といったセーフティ回路がないのか、とっくにショートしちゃっているに違いない。じゃなければ、のんきにそんなことが言えるわけがなかった。
わたしはおっかなびっくり、夏子さまのあとに続く。この時ばかりはカメラマンであることを神様に感謝した。先頭を歩かずに済む。……夏子さまが傷つくかもしれないから、どっちもどっちか。
土間のじっとりどんよりした空気の中へと進みだす。気分は、窒息しかけた金魚だ。息苦しいったらなかった。
今思うと、土間をスリッパで踏み入っていた。でも、そのことに気がつかないほど、わたしは緊張していた。闇のなかから、何かが飛んでくるような――そんな錯覚に苛まれていた。
まあ、フローリングが土で汚れたとしても、もとよりホコリっぽいんだから関係ないような気はしないでもないんだけどさ。
そんな
「土間ははじめて見たものですから、どのようなものかわかりませんね」
そういえば、おじいちゃんちでは玄関と倉庫をつなぐ場所にあって、稲刈りの道具の手入れだったり、草刈り機の刃を変えたりしてたっけ……。ってことは作業をする場所とか?
広さ的にはダイニングの半分くらい。奥には扉がある。木製のいかにも古くさい扉だ。
「こちらにはなにもありませんでしたし、土蔵へ行ってみましょうか」
夏子さまは、扉に手をかけて開こうとする。
でも、開かなかった。
「建付けが悪いのでしょうか」
わたしはそのとびらへライトを向けてみた。
扉は木製ながらもスライドドアとなっているらしい。左側には鍵穴があった。
ここだけなぜ鍵が……? 古い建物だからだろうか。
「なるほど」
夏子さまは鍵束を取りだし、端から差し込んでいく。数分後、かチャリと音がして、ロックが解除。
「これでよし。では――」
ピンとこれまで以上に背筋を伸ばした夏子さまは、スッととびらを直視する。
コンコンコン。
丁寧なノックをし、
「ごめんあそばせ」
と鈴を鳴らしたような声を発した。
それだけで、わたしはごくりと唾を飲みこんでしまった。なんとなく、夏子さまが真剣モードになった気がする。これまでは真剣じゃなかったかっていわれると、決してそういうんじゃない。
この先には、何かが待っている――霊感がないわたしでさえそう思うんだ。夏子さまならなおのこと、感じるものがあるのかも。
前と同じく、返事はなかった。
夏子さまはためらうことなく扉を開いた。
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