アシヤ・クライシス 3

 ゴーストバスター。


 そんな肩書を自他ともに認めてるのは、夏子さまは除霊を生業なりわいとしているからだ。


 ……ちょっと待って。除霊って聞いた瞬間に、ブラバしようとしたでしょ。信じられないかもしれませんけど、本当なんだって。


 それでも疑うっていうなら、動画投稿サイトに動画があります。百万回再生されてる動画がでも見れば信じる気持ちになるはず。


 どうやって除霊するのかって? それは後のお楽しみ……っていうよりかは幽霊の質によるらしくてわたしにもわかんない。


 それよりも、夏子さまを追いかけなきゃ。


 わたしが仕えているお嬢さまは、再度仏壇ぶつだんに祈りをこめてから、部屋を出ていこうとしていた。慌てて追いかけ、その背中をレンズにおさめる。


 ピンの伸びた背の上半分がシースルー越しに見える。腕が動くたびになまめかしく上下した。翼をうしなった天使と言われても信じちゃうかも。


「さっきの物音が気になりますね」


 ……本気ですか正気ですか。ゴーストの足音がしたのは二階なのでございますよ。


 夏子さまは、鼻歌まじりに階段へ足をかけ上っていく。いつだってだれよりも冷静なことを知ってはいますけど、それでも向かおうとするガッツがすごい。


 いや、そもそも怖がってなどいないのかも。


 その足取りは、わたしなんかと比べるまでもなく、しっかりとしてる。こっちは、手すりのない階段から落ちちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしてるっていうのに。


 やっとのことでわたしは2階へたどり着く。


 すでについていた夏子さまは、


「ホコリっぽいですけれども、競売にかけられているだけあって、整理されていますね」


 一階の廊下もそうだけど、二階の廊下もまた、モノにとぼしかった。まあ、売りに出されているわけなんだから、仏壇があるほうがおかしい気がしないでもない。


「実は先ほどのご仏壇は、ご友人が不気味がって出せずにいるのですよ」


 くすくす笑いながら、夏子さまが言う。その気の毒な不動産屋さんにとっては、笑いごとではないに違いない。


 日本の光に照らされた廊下はまっすぐ伸びている。


 左右に扉が二つずつ、計四つの部屋があった。


「先ほどの真上にあたる部屋は……こちらのお部屋でしょうか」


 廊下の手前、右側の扉へ夏子さまは近づいていく。


 コンコンコン。


「ごめんあそばせ、さっきお騒ぎになったのは貴方でして?」


 丁寧な問いかけに、返答する者はいない。ポルターガイストもなにもかも。


 夏子さまは部屋の中に入っていく。この人は、ホントに怖いもの知らずだ。


 こぢんまりとした部屋には、ホコリっぽいベッドが2つ置かれているばかりで、そのほかには何もなかった。


 窓には外から木の板が打ちつけられていて、その景色はわからない。わかったところで、天にそびえる竹に邪魔されて星空を見れないだろうけど。


 なんかすごい部屋だ……まるで中の人たちを外へ出さないようにしてるみたい。


「誰もいらっしゃいませんね。先ほどの足音は、だれのものだったんでしょうか」


 だれのものかなんて考えるまでもない――家鳴りじゃなかったら幽霊のものに決まってる。


 わたしとしては幽霊なんてろくなものじゃないから、いてほしくないんだけど。


 夏子さまは、そうじゃない。


 その目はダイヤモンドよりもキラキラと輝いていた。幽霊と出会えるのがそんなに嬉しいんだろうか……嬉しいんだろうなあ。


「報告だけでしたら、これでいいのでしょうけれど。せっかくですし、除霊ができないか試してみようかと思いますの」


 そう言って、夏子さまはウィンク。バチコーンと流れ星が散って、動画の視聴者は目が眩み動悸どうきがしたに違いない。それくらい様になっていた。


 わたしだけにしてくれたら、なによりもよかったのにな。




 寝室を後にしたわたしたちは、4階のほかの部屋を探索する。


 2階には4つの部屋があると説明した。寝室の上が書斎、書斎の左が子供部屋、その下も子供部屋だ。


「この家ができた当初、蘆屋あしや家の4人で生活していたようですよ」


 と、事前調査の結果を夏子さまが説明する。


 ここ、蘆屋邸は改築されたものらしい。そもそもは平屋建てで、隣には土蔵があったとか。そんなものがあるなんて、よっぽどなお金持ちだったんだろうか、それはさておき。


 その屋敷がボロボロになったんで、改築というかたちで建てたのが今、わたしたちがいる屋敷ということになる。この大きな建物の一部は、その名残を残していたりする。


 蘆屋家の血筋が住まなくなり、別の人間が使用するようになっても。


 夏子さまは、比較的新し目な二階の部屋を見てまわっていく。どの部屋もがらんとしていて、人の気配はなく、物音もしない。ホコリっぽい死んだ空気が沈んでいるばかり。


 人間のにの字もなければ、幽霊のゆの字も見当たらなかった。


「どうしましょう」


 夏子さまは、思案するように顎に手を当てる。遠いところを見るお嬢さまは、深窓しんそうの令嬢って感じで、絵になる。こんなバケモノが追いかけてきそうな建物の中じゃなかったら、だけど。


 少しの間考えていた夏子さまが、ファインダー越しのわたしに目線を向けてくる。


 そんなじっと見つめてこないでほしい。ドキドキしちゃうから。


「ももかはどう思いますの?」


 わたしはカメラの録画を停止する。


 カメラのレンズという邪魔なものがなくなった中で、見つめ合うのは一時間くらいぶりだった。


「えっと」


 なぜわたしに聞いてくるんだろう。こんな心霊動画を撮っているわけだけど、わたしは幽霊が見えたことがない。幽霊がやったってことならわかるよ……さっきの家鳴りモドキみたいに。


 でも、それくらい。皿を割るお姉さんも宙を舞う火の玉なんかも見たことがなかった。


「どこかに隠れているかもしれませんし、一階を見てまわるとか……?」


 わたしは当たりさわりのないことを言った。もとから、予定されていたことだった。


 夏子さまは、わたしなんかのアイデアを真剣に考えるように頭をかしげて。


「そうね。でしたら、今度は一階の見ていない場所を回ってみましょうか」


 わたしは頷いて、再びカメラを回しはじめる。

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