アシヤ・クライシス 2
「わたくしのご友人は、不動産を経営されてまして。このお宅を安く手に入れたそうです」
と言いつつ、夏子さまは和室の中へ。
間取り図によれば、この和室には窓があり、縁側があるはずであったけれども、外の明かりはちっとも入ってきてなくて真っ暗。
窓の方へと近づいて、鼻先がくっつくくらい顔を近づける。どうやら、納戸がぴっちり閉められているようであった。
まるで、中の様子を隠すかのように。
「そのお方はこのお屋敷に現れるという幽霊様を信じなかったのですね。ですけれども、奇妙なことが何度か起きて、わたくしたちにご相談に来た――というわけです」
語りながら、夏子さまは
壁にもたれるように設置されたその仏壇は、部屋の闇と同化するかのように黒い。光が当たるたびキラめく黄金の粒子は、貼り付けられた金粉の名残だろうか。ほとんど残っていないから、なんだか心霊写真のオーブみたいだ。
仏壇の横には、ライターやらろうそくやらがそのままになっている。
「まあ。これは前の持ち主の方のものでしょうか。せっかくなので、使わせてもらいましょう」
夏子さまは言いながら、ライターを手にする。
シュッポと音がし、懐中電灯とはちがう頼りない火が今まさにロウソクに灯った。
「これでよし。お線香は――」
わたしはあたりをライトで照らしてみる。ない。カメラのズーム機能を使っても、線香の入った黄色の箱は見つからなかった。
「ないようですわね」
「ちょっと待ってください」
わたしはカメラをその辺に置いて、リュックサックを下す。確か、線香は奥の方に……。
「これをどうぞ」
わたしは用意していた線香を夏子さまに差しだす。
「いやー本当にももかは
ありがとう、と言ってくれた夏子さまに、わたしはかぶりを振る。
これくらいメイドとしては当然のことですから。
わたしはリュックサックを背負いなおし、それからカメラを手にする。
一応、部屋の中心へ向けてたんだけど、何か写ってるといいな。天井から上半身だけをぶら下げている半透明の人間だとか、床から伸びる無数の腕だったり。
そういうのは帰ってから確認するとして、今は夏子さまを撮らなくちゃ。
というか、本当のところを言ってしまえば、夏子さまだけを画角にとらえたいところだ。でも、そんなことをしていたら、百万人超の登録者が
夏子さまをはじめとした皆々様は、幽霊を筆頭とする不可思議なことが見たくてやってきてるんだから。
ま、チャンネル登録者のことなんて、わたしはどうでもいい。しかし、夏子さまはわたしの雇用主であると同時に幼いころからの友達、それを無視したって大切な人だ。
わたしがこんなことを――幽霊には悪いけど――してるのだって、夏子さまがやりたいとおっしゃっているからにほかならない。
勘違いしないでほしい、わたしは職業意識から夏子さまに仕えているわけじゃない。
夏子さまのことが好きだからだ。そうじゃなきゃ、幽霊の出るとこなんか来るわけがないじゃん。
そんないとしの夏子さまは、わたしの線香に火をつけた。
紫色した煙がすうっと天井までくゆっていくそれを、夏子さまは、ホコリのつもった
それから、
わたしは横に回って、夏子さまを撮る。
目を閉じる夏子さまは、祈祷するシスターのような雰囲気がある。こんなとこじゃなかったら、一時間でも二時間、なんなら墓場まで撮りたいところだけれど、そういうわけにもいかない。
「幽霊様、いらっしゃるならお返事を――」
ロウソクの上でダンスしていた火がふっと昇天した。
灰色の煙とともに、焦げた臭いがただよう。
かと思えば、
トントントン。
天井の方で、何か足音のようなものが聞こえてくる。
ちなみに、わたしと夏子さま以外に、この屋敷には誰もいないはず。
「おー元気ですわね」
そんなことを言ってる場合だろうか。今のは明らかにポルターガイスト現象だ。
つまり、幽霊がこの屋敷にはいるってことになる。
――帰ってもよろしいでしょうか。
なんて、言えるわけもない。
カメラの中の夏子さまは、にっこり微笑んでいる。そこに恐怖はミジンコほども存在しない。天井からの足音が、まるでそよ風であるかのように、気にしていなかった。
「幽霊様がいらっしゃるのであれば、そちらへ行かなければなりませんね」
わたしは震える手でなんとか夏子さまをズームする。
探偵に決め台詞があるように、お嬢さまにだってそういうのがあるんだ。
「わたくし、ゴーストバスターですので」
……決め台詞にしては、ちょっとダサいかもだけれど、それがまたいいと思うんだ。
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